しばらく平穏な日々か続いた
リハビリ病院とは1ヶ月に1度
オンラインでカンファレンスがある
最初のカンファレンス
夫の様子は変わらなかった
主治医、理学療法士、看護師、ソーシャルワーカーが次々に話をしてくれる
ソーシャルワーカーが介護保険を検討してくれたが
該当する疾病がなかったために
介護保険が使えないことを教えてくれた
コロナで面会できなかった期間が長く
夫の状態も変わらないせいか
子供たちは夫のことをあまり気にしなくなり
徐々に自分自身のことに精を出すようになった
それはいいことだ
私は相変わらず
借金の返済に悩まされていたけれど
それを子供の前で出すことはなかった
夫が家にいない生活も4ヶ月目に入るとさすがに
慣れてきてしまっている
私たちはテレビを見て笑い合うことも増えて
夫のことは冷静に話すようになっていた
娘がふと
「お父さんは回復しないと思う」
と言った
転院の時の姿をみて、そう思ったと
それは私も同じだった
娘もそう思ったのか
それでも私たちが普通にそんな話ができるのは
夫が特に辛そうだとか、苦しそうだとか
そういう状態ではないからだと思う
お父さんも特につらいのでなければ
もう、こういうことになったのは仕方ない
そうやって、事実を冷静に受け入れる自分たちがいる
ある夜、夕飯の時
娘も息子も、この先独立したいというような
そんな話になった
一人暮らしをしたら、こんな部屋に住みたい
こんなインテリアでと
私はショックのあまり
悪寒がした…
冷たい汗が背中を流れた
夫が倒れてから
毎日ご飯を作り、洗濯と掃除をする
子供たちの世話をすることで
私の気持ちは落ち着いていたと思う
なにはなくとも
私にはこの2人がいる
それが心の支えになっていた
いつまでも私と住むとは思っていない
早く独立したほうが
いい勉強になる
夫が元気だったころはそう思っていた
けれど
今は…
それでも私は笑って言った
早く独立しなね
私が歳取ったら、家を出にくくなるよ
娘が言った
あ、こんな話したのは
なんかお母さん、もう大丈夫そうかなって
そう思って…
私の表情はこわばっていただろうか
それを悟られたくない
ひとことでも
私が寂しい、と言ったら
それは子供たちにとって
とてもショックだ
ひとりでも平気な母だと思って欲しい
絶対に子供の負担になりたくない
そうやって
私は誰にも自分の思いを告げることをせず
今も悲しい思いを、寂しさを抱え込む