初めまして。
久家 桂子(くげけいこ)と申します。
生れは九州のおへそ熊本
あの有名なくまモンが生息している場所です。
今は結婚して、夫の実家のある高知県に住んでいます。
熊本出身の久家さんということで、
高知での最初のパート先の先輩が「くげもん」と呼んでいたことから
気に入ってニックネームにしています。
3人兄妹の末っ子で、上に6歳、5歳離れた兄が2人です。
1歳の頃に父親をがんで亡くして、家族は大変だったんだと思います。
いつの間にか大きくなってたって言われるほど自己主張もあまりせず静か-に育ちました。
でも、小学校の低学年までは活発で学校が終わったら友達に誘われて宿題をして
缶蹴りやら、基地ごっこやら、どろけいやら町内を走り回っていた記憶があります
小学校3年くらいから中学校3年まで、兄もやっていた影響もあり水泳部に所属して
県大会で背泳で上位3位までには入るくらいでした。
成績もさほど悪くなかったのですが、
体育とか音楽の授業が好きで、将来は体育の先生になろうかとも・・・。
ただ、高校受験で本命の高校受験に失敗して
滑り止めの高校に行ってからは、勉強についていけなくなり「大学なんて無理」と思い
精一杯友達とスクールライフを楽しみました( ´艸`)
でも、進路は決めないといけない・・・。
結局、母のなりたかった「看護師」を目指すことに決めました。
考えてみれば、幼稚園の頃に友達につられて「かんごくさん(看護婦さん)になるー」
と言っていたような気がする
「言霊」ってやつですか?
まあ、高校時代は青春を謳歌しておりましたもので(;´д`)トホホ
お恥ずかしい話、現役では看護学校にさえ受からずで現役では合格できなかったのですが
1年勉強して、なんちゃって熊大生になったわけです。
熊大と言っても、短期大学部なので3年間で卒業です。
私は、特に看護師になるのが夢!というあこがれて入った感じではなかったので
とにかく卒業さえできればいいかな?という感じで勉強にも身が入らず
テストは赤点で再試、実習の記録物は期限守らない。
そんな劣等生でしたが、なぜか国家試験には合格し
小指1本で引っかかっているんじゃないの?って感じで単位ももらえ卒業できました。
とはいっても、なぜか就職したくない
実習中に保健所に実習に行ったときに保健師いいなーって思っていたので保健師学校を受験
見事に落ちました(´;ω;`)
もう落ち癖ついてます(;´д`)トホホ
っていうか勉強してないからね!当たり前ちゃあ当たり前。
ということで、就職試験の時期に勉強をしていたので間に合わず
それでも就職したくない、でもしなくちゃいけない。
母と学校の先生にお尻を叩かれ
「それならば東京に行きたい!」と寮のある所をさがして就活
運が良いことに、国家試験に落ちた子の枠が開いていて
1件目の大学病院でそのまま「採用します。いつからこれますか?」っていうことで
赤い門のある某大学病院に入職が決まりました。
ここからが、私の看護師人生の始まりです。
長くなったので今日はこの辺で!
でも、これまでの人生を振り返ってみると
やっぱり必然なんだなって思うことがすごくある。
うまくつながっている。
受験に失敗したこと
1年浪人したこと
看護師になりたくないのになったこと
行く先々で私の人生の中で影響を与えている人物と出会っている。
だからその人と会うためだったんだなって。
この先も私は重要人物と出会っていきます。
そんなこと思うことはありませんか?
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
次回「Road of 久家桂子 vol.2」へ続きます。

