車窓から…風脚(かざあし)早く流れる、
空往く雲を…霞(かす)んだ頭で、
茫洋(ぼうよう)と…
見るともなしに飽かず眺めている。
イヤホーンから懐(なつ)かしい
シャカタクのNight Birdsの旋律(せんりつ)が
聴こえてくる…。
ひとふさの葡萄(ぶだう)の
大型円形出窓(ドーマー)に座り…
傍(かたわ)らに居る、
友(とも)ちゃんの頭を撫(な)でてやりながら…
外の闇を舞う雪片(せっぺん)を、
やるせなく観ていた
ダイアモンド・ダストの冬の夜に…
流していた曲だ…。
「あぁあ、私は何をやっているんだろう!?
私はこのままの自分で良いのか!?」
との…想いの乱氣流に…
心は千々(ちぢ)に揺さぶられていた。
あの頃、時計の針は止まったままだった…。
私独りが…歯噛(はが)みしながら、
白魔(はくま)が踊る夜闇の底に
取り残されていた…。
今、夢の奴…夢魔(むま)は…
意識の白濁(はくだく)した…
覚醒(かくせい)と微睡(まどろ)みの
間(あわい)を縫(ぬ)うように、
雲の合間を物凄い速度で…
その残像を遺(のこ)して
飛翔(パトス!!)して往く!
こっちは、必死こいて叩き出している
スピードなのに…追い付けない…
そして、振り切れない…。
奴は鼻歌混じりで…
「おまえに何が出来る!?」と
哄笑(こうしょう)しつつ…
黙々(モクモク)と輪郭(りんかく)濃く
湧(わ)き上がる、白い夏雲の間を
游弋(ゆうよく)するかのように…
軽々と氣流にその身を委(ゆだ)ねながら
飛翔(ひしょう)して行っている。
時には上昇し、また時には下降し…
離れては、近付き…ある時はうねるように、
そしてある時には身を翻(ひるがえ)し、
反転し…私を追い越し、
煽(あお)り、嘲(あざけ)って来る!!
くそ…どうしても奴に追い付けない!
私の今の精一杯で…
こんなに疲れ果ててしまっているというのに…
何程の成果も上げられていない!
奴に、良いようにやられっぱなしなのだ!
臍(ほぞ)を噛(か)む想いがする!
情けなくて堪(たま)らない!
私はどうやっても、夢の奴に勝てないのか!?
奴が私の肩を叩き…
「おまえもここまでなのか!?」と
嘲笑(あざわら)う。
夢魔の奴が…この私を、
その氣にさせ、狂わせ、
引き摺(ず)り回してきた結果だというのに…。
私は…ナイトバードの、
その翼を広げることも叶わず…
飛翔さえも出来ずに、
地を駈(か)け摺(ず)り回って来た!
くそ、くそ!くそ!!これでもかとばかりに、
地上を疾走しても…羽ばたくことさえも、
離陸することさえも…出来ない!
くそ、現実の柵(しがらみ)重力の、
糾(あざな)える麻(あさ)の如き重み(想い)を
裁断(た)ち切れない!!
口中に血の味がする…
知らずに唇を噛んでいたのか…。
いきなり…
哀しいほどの突き抜けるような青空が、
視界に映り込んできた。
束の間…刻(とき)は止まり、
私は時間を忘れていた…。
私に生き写しと言われた、父の長兄は…
終戦間近に神風(カミカゼ)特攻して
逝(い)った…。
乗機は、Zero Fighterと畏(おそ)れられた
零戦[零(れい)式艦上戦闘機・ゼロせん]
ではなく…本土防空戦に投入された幻の名機、
紫電改(しでんかい)だったろうか!?
おそらく…違うだろう。
が…彼が最期(さいご)に見た、その空は…
切なさを顔料(がんりょう)に溶(と)かした
蒼(あお)色をしていたに違いない…
きっと…。
ジプシー・キングスのカヴァーによる、
Hotel Californiaの…ノスタルジックな
ボヘミアン・リズムに曲はシフトし…
子供の頃、夏休み前の教室の窓から、
夢想しながら浴びていた…
蒸(む)せかえるような夏草の匂いと、
耳鳴りのような蝉時雨(せみしぐれ)と、
風にどよめく
緑の木(こ)の葉の騒(ざわめ)きとの…
取り戻せるべくもない、
夢に溢(あふ)れていたあの頃に
タイム・スリップしていた…。
家に帰れば、そこに
夕餉(ゆうげ)の仕度(したく)をするお母さんの…
今に想えば小さな背が在った…。
くそ!「何でも出来る!」という
可能性に満ちて…しかも無重力下に居られた、
あの頃以来からの…逃げ水のような夢魔との、
続くせめぎ合いなのだ!!
いつの間にか…流れる調(しらべ)は、
ララ・ファビアンのAdagioに変わっていた…。
切なくなってしまった…。
目眩(めくら)む想いに、意識が暗転した…。
気付けば…私は、
歳経(としへ)た私と対座していた。
老いさらばえた翁(おきな)の面(つら)をした…
能面(のうめん)のような無表情の私が、
秘(ひ)と秘(ひ)とと口を開く…。
その非情の、刻の翁(ときのおきな)が
言魂(い)う…。
「やがて、おのれもこうなる…」
「なぁ、おまえ!」
と言ノ葉(ことのは)を継(つ)ぎ…
「おのれは、そうやって…
いつまで経(た)っても変わろうとせずに、
その場処にいるつもりなのか…!?」
「否(いな)や!
変わろうとはしているのかもしれぬ。
そのもがきはカサコソと、
脛(すね)を掻(か)く音の如くに…
儚(はかな)く伝わってくる…」
「跳ぶ(ジャンプする)、その勇気を持てずに…
自(みずか)らを持て余しておる…」
「それはそれで、ひとつの生き方ではある…」
「が、それで良いのか!?
それで良ければ構わぬ…おのれ次第ではある」
おまえの生き方だ…おまえの人生なのだ…と、
翁は後退(あとずさ)りし…
舞台の暗部(ダーク・サイド)へと
フェイド・アウトしてゆく…。
闇に目を凝(こ)らせば…
心と身の傷(いた)みに、泣きじゃくり
足掻(あが)き苦しんでいる人が…
陽炎(かげろう)が立ち昇るように、
私の目の前に立ち現れて来る…。
他のどんな癒(いや)しも手当ても!
その人を救えない…。
一瞬足りとも途切れることなく…
痛みを叫(おめ)き続けている!
私に「何とかしてくれ!!」と叫び、
嗚咽(おえつ)し、慟哭(どうこく)し、
懇願(こんがん)している!!
その狂気にも似た求めに…追い込まれ、
クールに成れない!
私は…客観性を持ち合わせつつ!
狂ったが如くに角を生やし!!
…龍の如き生(な)る力を!!虚空(こくう)から、
強制的に紡(つむ)ぎ出さねばならない!!
あぁ、一筋に朧を
収斂(しゅうれん)させることが出来ない!
私を…無能で無力だと!
その人が唾(つば)を飛ばし、私を指差し、
罵(ののし)る!!
待て、待て!待て!!
「自分の心を引き止めるんだ、この馬鹿!!」
暗黒の意圏が…今のこの瞬間にも、
私を貫き透過していっているのだぞ!!
私に何が出来る!?
何も出来ないのではないのか!?
本当に私は遣(や)れるのだろうか!?
「…んな、バカな!!」
そんなフィルタァの目詰まりを排除し…
自分を信じなくてどうする!?
その詰まりこそが…今の私の、
この痛みを生じさせたのではなかったのか!?
…と、急場に於いてなお!
悶々(もんもん)と内観(ないかん)を続ける…。
焦る…逃げ場は無い!!
…やがて…黒々とした水底(みなそこ)から、
水面(みなも)に観える…
円(まる)く朧な月明かり[月観(がちかん)]へと、
意識が浮上してゆき…
mute(静寂・せいじゃく)な波間に顔を出し、
詰めていた呼氣(こき)を
大きく吐き出したなら…
私は、変わらず独りの迷いの座に居た…。
なんだか悲しくなって、涙してしまった…。
もっと違う人生が、生き方が!
自分が!!有った筈(はず)なのに…。
結局、今の「私」を
活(い)きて往くしかないんだな!!
手持ちのカードで…例え、それが
悪い札(ふだ)であったとしても…
それで勝負していくしかないんだな!!
もっとこうあれば、ああすれば!
ジョーカーがあったならば!!…と考えても、
どうしょうもないのなら…
このままの自分で[瞬間]を活きて!
[人生]を生きていってやる!!
私の人生という…このステイジでの、
私の役柄(やく)を…
偽(いつわ)りの[振り]ではなく!
私自身に[成りきって]生きていってやる!!
自分が「自分」で存(い)さえすれば…
学歴や地位や立場や常識や多数意見や
言葉等が…通用しない!
価値観の異なる場処であってさえも…
Nonverbal Communicationの[存在力]で、
夢人(むんど)の私達は凌(しの)いで行ける筈だ!!
私は、凌いで往ってみせるぞ!!
…と…ふと、目を上げれば…
真昼の薄い、朧な月に…
刻の翁[夢翁]に…観られていた。