別れの言葉 | letters

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この海辺に残されていたのは いつも置き手紙

NHKの『恋する日本語』という番組が好きで毎週楽しみにしていたけど、このあいだ終わってしまった。
別れの言葉という最終回が深く胸に響いたので、文字にして残しておくことにしました。
色々省いたりしてるので、これだけ読んでもわかりにくいかもしれないけど…。
私にとって、大切な気付きになった。

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春は、旅立ちの季節。
旅立ちには、別れが付きもの。
大切な別れに、あなたならどんな言葉を添えますか?
さて、あなたによく似合う恋する日本語をお見立てしましょう。

女性が百合の花束を抱えて歩いている。
どこからか鈴の音が聴こえ、立ち止まる。
彼女は小さな鈴の付いたピンクの御守りを取り出して、そっと鳴らす。
すると桜の花弁が、手のひらの中に舞い降りてきた。
ぼんやりと桜の木を眺めていると、その庭の奥に小さな看板があることに気付く。
「恋スル日本語アリマス」
その横には『古言葉屋 ことのは』という文字と青い鳥の描かれた看板もあった。
桜を見上げていると、再び鈴の音が聴こえ、振り返るとドアがひとりでに開いた。
恐る恐る、店の中に足を踏み入れてみる。
そこに、店の主人のマダムが帰って来た。

「いらっしゃいませ」
「すみません」
「もうお帰りになるの?」
「音が聴こえたんです。懐かしい音。でも、空耳だったみたいです」
「懐かしい音。恋人との思い出?」
「とうの昔に終わった恋なんです。だけど…」
「だけど?」
「昨日、彼が夢に出て来て」
「あら、彼あなたに会いたがってるのね」
「え?私が会いたいと思ってるから、夢に出て来るものじゃないんですか?」
「今はそう考えられてるみたいだけど昔は夢の中に誰かが出て来るとその人が自分に会いたがっていると考えられていたのよ」
「彼が私に…?」
「ねえ、夢路と言う言葉はご存知かしら」
「夢の路、ですよね」
「現実に会えない人、想いを伝えられない人が、夢の世界にやってくる。それが、夢路」
「現実では会えない人…」
「せっかくだから、あなたの恋の話を聴かせて下さらない?」
「もう終わった恋ですし、それに、語るほどのものでも」
「でも恋は恋」
「恋する日本語じゃなくて、別れの言葉ってありますか?過去の恋を忘れる為の言葉とか」
マダムは古くて分厚い本を本棚から取り出し、あるページを開いて彼女に見せる。


【終夜】よすがら

一晩中 夜どおし


昔の人は“夜”を三つに分けて捕らえていた。

【宵】 日が暮れて間もないころ

【夜中】夜の真っただ中

【暁】 夜明け近くのまだほの暗いころ
 
通い婚の風習があった時代では、男性が女性と別れて帰るのが暁だったとか。
恋人達にとって、暁は別れを惜しむ時間だった。


「忘れるべきですよね。わかってはいるんですけど」
「別れは、どちらから切り出したの?」
「それが…」
「どんな別れの言葉だったの?」
「やっぱり…私やっぱり帰ります。ありがとうございます」

扉を開けると、いつのまにか強い雨が降り注いでいた。
「いつの間に…」
「まるで、やらずの雨ね」
「やらずの雨?」
「帰ろうとする人を、まるで引き止めるかの様に降ってくる雨のこと」

「その彼と別れてからどのくらい経つの?」
「五年です」
「ずいぶん経つのね」
「そうなんですけど…。突然居なくなってしまったから、なかなか別れを受け止められなくて」
「心の準備が出来ていなかったのね」
「こういう時、どうすれば良いんでしょうか」
「例え、心の準備が出来ていたとしても、一度愛した恋人を忘れるということは容易ではないわ。本気であればある程」


【邂逅】かいこう

思いがけなく出会うこと


「涙には、懐かしさと切なさだけじゃなくて、嬉しさも含まれていると思います」
「嬉しさ?」
「本当に好きなら、別れた相手の幸せを願うことが出来ると思うんです。綺麗事かもしれないですけど」
「それは、相手も同じなんじゃない?」
「え?」
「別れた彼も、あなたの幸せを願っているんじゃないかしら」
「…」
「あなた今、誰かいい人が居るんじゃないの?あなたのこと愛そうとしてくれる人が。
でも、別れた彼が忘れられなくて、踏みとどまっている」
「…そんなんじゃないです」
「一人の人を想い続けるのも素敵だけど、もう…」
「私は大丈夫です。一人で大丈夫」
マダムはそっと彼女の肩に手を置く。

「さよならか…」
「さよならとは、元々“それならば”という意味で、今で言う“じゃあね”みたいなもの。今生の別れを意味するものではないのよ」
「今生の別れに使う言葉じゃないんですね。
…もう会えない相手には、何て言えば良いんですか?」

マダムは本を開き、彼女に渡す。


【滝枕】たきまくら

涙が枕にそそぐことを滝にたとえていう


枕は寝具であるだけでなく、何かを暗示したり、秘めた心や自分さえも知らないような恋の行方さえ知っているものとされた。
宝船の絵を敷いて良い夢を見る様にしたり。
好きな人に夢で会うために、枕を布団の片側に寄せ、恋人の訪れを待つ形で寝てみたり。
様々な工夫がなされていたらしい。


「私も似たようなことしてしまいます。彼が居ないことは分かっているのに、朝になるとピンクとブルーのマグカップを並べてしまうんです。
私、彼のことが本当に好きだったんです。彼もきっと…。彼、居なくなる直前に、プロポーズしてくれたんです。
…なのに。
彼が居なくなってから、私は毎日、彼のことばかりを想っていました。一生、彼のことを忘れることはないと思います。
でも…最近、思い出さない日が出てきたんです。月日が経つごとに、だんだんそんな日が増えてきて。
私は薄情な女なんですよ。
…なのに怖いんです。私が彼のことを思い出さなくなったら、彼の存在そのものが消えてしまいそうな気がして。
でもそんなの嫌なんです。彼との愛を無かったことにしたくないんです」
空から聴こえる大きな鈴の音が部屋に響く。
「あなたが歩んできた人生という道には、彼との足跡が残っている。
それは、消えることはないわ。永遠に。
たとえ今、あなたの隣に彼が居なくても。
だけどあなたはひとりになってしまったことで、新しい一歩を踏みとどまっている、ずーっと。
そんなの、彼が望んでいると思う?
あなたはこれからも歩き続けなければいけない。
ゆっくりでもいい。時々なら、振り返ってもいい。
でも立ち止まらないこと。
生きている限り、前を向いて進んでいくしかないんだから。
夢路じゃなくて、新しい恋路を。
精一杯生きて、精一杯恋をしなさいな。」
「私、恋をして良いんですか?」
マダムは微笑んで、小さく頷く。

雨は、真っ白な雪に変わっていた。
「雪の果てね」
「雪の果て?」
「そろそろ暖かくなった頃の、降り終いの雪のこと。
雪に閉じ込められていた想いは、春の訪れと共に融ける。
そして、春は全てが生まれ変わる季節。…あなたもよ」
「私も?」

「差し上げるわ」
マダムは本を彼女に手渡す。
「ありがとうございます」
「ありがとうは、有り難しという言葉が変化したものなの。
存在するのが珍しい、つまり滅多にないという意味なのよ」
「滅多にないこと…奇跡ですね?」
「そうかもしれないわね」
「今、私の周りにはたくさんのありがとうで溢れています。
今日ここに来たこと、この出会い、私に下さった言葉にも…全部ありがとう。
探していたものが見つかりました。
忘れられない恋に、別れを告げるための言葉」

「ありがとう」

二人は笑い合う。
雪は、いつのまにか止んでいた。

「じゃあ…さよなら」
「ごきげんよう」

彼女は、満開の桜の下で、一枚の写真を掲げる。
彼と彼女の手のひらの上には、ピンクとブルーの御守り。
「ありがとう」
頬に涙が伝う。
最後に、微かに笑った。

部屋に響く鈴の音が、だんだん遠のいていった。
マダムは空へ手を振る。


言霊という言葉があります。
かつて言葉には、神秘的な霊力があると信じられていました。
美しい言葉を心に留めておくだけではなく、実際に声に出したり、紙に書いたりすることで、あなた自身も美しく変わるかもしれません。
恋する日本語を口にすれば、あなた自身も恋をする。
そして、あなたの“ことのは”は青々と萌え、更には美しい花を咲かせることでしょう。

ドアが開き、ベルが鳴る。
「あの~…すみません。ここは何屋さんですか?」
「古い言葉を扱っているのよ。日本語というのはね、恋をすることで磨かれた、恋をするために生まれてきた言葉なの」
「へぇ…」
「そんな恋心を美しく彩る日本語を、たくさんの人に伝えたい。そう思って恋する日本語を集め回って、このお店に置いているのよ。
せっかく来て頂いたのに申し訳ないんだけど、今から仕入れの旅に出るところなの。ごめんなさいね。
でも、あなたにぴったりの恋する日本語を見つけてくるわ。
では、その時まで、ごきげんよう」

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