私事ながら、昨日マリアカラスのスタジオ録音エディションを購入。

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私は長年カラスって特筆する印象が無くて、ほかに素晴らしい歌手が多いのになぜカラスを多くの方があれほどまで絶賛するのか分からなかったんですね。

 

ステレオのシュワルツコップとか針音のすごいSPレコードのヴァランとかとても輝いていて気品を感じて好きなのですが、カラスは個性的な声で評判ほどもパッとしないと。ところがこれが大きな間違いで、最近私の持っていたカラスのCDの録音がすべて悪かったことが発覚。

 

と言うのは、私にカラスを推薦して出始めのCDのセット物をくれた方々は60年代の社交界で暮らし、欧州やアメリカの劇場で生のカラスを味わっている方々でした。それがわざわざ「思い出のある劇場ライブ録音」のものを選んでくださっていたようで、とにかく声がよくわからないモヤモヤ録音のものがほとんどでした。一方で彼らの話だけは身近で接したカラスが声もオーラもいかに素晴らしかったかと言うことなのですが、頂いたCDがこれまた聞いたことのないようなメーカーの復刻版で音質が悪い。この第一印象で「普通に上手な歌手」という位置づけで相変わらず個人的趣味で声の好きなシュワルツコップやヴァランなどに長年酔っていたわけです。

 

つまり、私は「名歌手であればどんな録音でも素晴らしく聞こえるはず」という幻想を抱いて録音や再生機器を軽視していたのです。これは茶器で言えば、淹れ方の腕前があればどんな茶器でもプロは美味しくお茶が入れられる幻想と同じだったのですね。

 

とにもかくにも私は社交界の生音生オーラの評判と劇場ライブ録音のC級メーカー復刻盤の音質のギャップに何を信じてよいか長年翻弄されたのです。

 

あれから私も時代を経て、使うのも最新のある程度のオーディオ設備(大阪逸品館購入)となってスタジオ録音のカラスを聴くことになったのですが!!

 

 

いやあ、脱帽です、昔の電蓄、ミニコンや録音ではわからなかった細部を聴いて初めて彼女が特筆すべき歌い手だったと痛感しました。

まさしく、各言語に精通して眼前でカラスを生身で聴いてきた知人たちの噂の通りで、常に伝統と様式の中で表情を隠して生きている階層の彼らの琴線を揺さぶる儚さと悲しみと瑞々しさが同居したあの感情表現、言葉の行間の襞と言うものがよくわかりました。そして演目ごとに全くカラスは役に没入して別の人物でした。

 

つまらない録音製品を聴いてしまって「カラスは月並みで皆同じ」的なことを思っていた私は馬鹿でしたね。

 

今ではスタジオ録音を基に、これまで聞いたモヤモヤ録音も脳内修正して鑑賞できるように。

 

やはり先入観に縛られたというか、最初の出会いが肝心でした。何十年と人生損した感じがします。

 

ある一定水準以下の物や低い経験値で批評や評価などすべきではないと。

 

茶器の世界も全く同じで、粗悪でつまらないものの先入観に一生囚われるのと、そこから上を知るのは全てに違うということですね。

入り口で奥を判断して主観や想像で物を言ってはダメですね。

 

車なんて乗れればいいというのが過去の私で、冬の岩手の凍結道で九死に一生ついにぺしゃんこ事故を起こしました。

頑丈で高性能な4駆に替えてからは本当にひやりとすることが無くなりました。

車で失敗、カラスで失敗、私も茶碗以外ではそういう失敗が意外と数えると多いのですね。。

 

付き合う人、付き合うもの、出会いは人生の質を変えます。選ばなとダメですね。