海外赴任で、それぞれの家庭の親が何を一番真剣に考えるかといえば、「食べ物どうする?」「テレビどうする..........≪続きを読む≫
ホントそうだと思う。
私の親友は、帰国子女なんですが、彼女が良く話してた事と凄く合致します。
彼女が親の海外赴任へついて行く事になったのもこの記事と同じ年齢。
本人は泣いて嫌がったと言ってました。
想像するに、本気で駄々こねる子供の様に泣いてイヤがったんだろうな・・・![]()
そう、私たちの年代の人は、当時、英語は中学からの教育で、塾に通ってない限りは全く関わりが無かったんですよ。
だから、彼女はまったく英語の知識が無いまま、海外へ渡る羽目に。
中学は日本人学校へ通わせて貰えたらしいのですが、家庭教師をつけても喋れずで、高校はとうとう現地の私立校へ入れられる事となったようです。
・・・・勇気はある子ですが、シャイでもあります。
やはり同じような民族で固まってしまったと言ってましたね。
海外に居る間、家庭教師もホームステイにも行かされたけど、恐怖の方が大きかったと云う事で、結果、本人は帰国子女ということを言いません(笑)
なにかしらのきっかけって大事なんだろうなって思うけど、嫌いな物は嫌いだったんだねw
・家の中は日本語だった
・出身地域毎で結構纏まってしまってたので、自分からどんどんいかないとそちらへは入れない
・授業は待ってくれないのでどんどん進むし、宿題も凄い。
という事でした。
確かに、学校という所では地域毎で固まる癖は有るのかもしれません。
私が少しだけ通ってる時も、韓国・アラビア語圏・その他と云う風に大雑把に分けるとなっていました。
行けばなんとかなるというより、性格的な物も大きく要因として関わってくるんだと思う。
だから、行って喋れるようになったよってのより、彼女の場合、ヒアリングだけはもの凄く飛びぬけていた。
ぽそっと先生が言った悪口さえも聞き取れる。(つか、分からないと思って言う方もどうかと思うけどな)
一緒に旅行に行った時、天然なので言い間違いはあるんですが、普通の会話としては短くても喋ってましたよ。
いやぁ、私、あの時、英語恐怖症だったので全く喋れませんし、聞こうとすると耳が閉じるという感じでしたんで、彼女は凄いと思いましたよ。
第二言語と認識すると子供でも大変なんだな・・・と。(覚えは、アラフォーより確実に早いだろうがww)
今度会ったらもう少し当時の話を掘り下げて聞いてみようと思います(笑)