どんなに美味くても・・・ | 道楽街道真っしぐら

どんなに美味くても・・・

最近、何回か行ったことのあるお店に行こうと思い

夜に何回か伺ったのですが、ことごとく閉まっていて
「なんだ、休みか汗


って感じだったので、今日の昼間に行ってみたところ・・・



閉店していました・・・




暗いときだとわからなかったのですが、駐車場にはカラーコーンと


虎ロープが張られ、壁の看板がなくなり


店内は内装工事が始まっていました。




一体いつからこんな状態になってしまったのかわからなく



えらいショックでした・・・



最近の新潟は、政令指定都市の影響でどんどん都市化が進み


マンションや必要なのかわからないようなテナントビルが軒並み連ねるようになってきました。


駅南にできた某ビルも個人的には必要ないような気がします。



飲食店も心から「美味しい」と言えるお店より


安価で楽しめるチェーン店やフランチャイズのお店が増え


残すべき老舗や実力店が姿を消すようになりました。



悲しいことだと思います。



僕個人では、お金の力で料理を組み立てるようなお店はどうも好きになりません。


綿密な原価計算によって儲け主体の粗悪な材料や


化学調味料の力で作り上げる料理を提供している店。



技術や発想力のない、流行やほかの店を真似た味や見た目を提供する店。


それらすべてを否定するつもりはありませんが、最近のお店は

長続きをする店のほうが、生き残る店より多い気がします。


5年以上続く店はいくらあるでしょう?



メディアや評論家が評価するのは、新しい味や調理方法をはじめ


お洒落な建物や雰囲気重視の空間ばかり。そして古いものや老舗に対しては


時代遅れや変化のないことを咎めることばかり・・・



評価基準が料理の本質を見なくなっている気がします。



料理だけでなくいろんな分野でも「クラシック」と「モダン」という風に分けられます。



最近はどうもこの「モダン」というものを勘違いしているんじゃないかと思います。

モダンというのは「新しい」とか「現代的」と表現できますが


その中にはクラシックというものがきちんと含まれている


ということを忘れられているように思います。


クラシックは「古典的」や「傑作」などと表現しますが現代の傾向は


「古い」とか「遅れてる」などと「モダン」という言葉の反意語のように思われがちです。


しかし、僕はこう考えます。



クラシックとは物事の「基礎」や「基本」であり、誰もが経験する最初の部分だと思います。


初心忘れるべからずという言葉があるように、基本があるから応用が効くのです。


基礎ができてないのに、レベルの高いものばかりやろうとするから

足元がすくわれるのです。







僕は大人数の人に薦めるようなことはしません。


ごくわずかでもいいから、本物がわかる人に知ってもらいたいお店や料理を


紹介し、そのよさを共有したいです。


そして、美味しいお店が一つもなくならないようになればなと思います。