自分の気持ちに忠実に生きたい。

 

 

でも、何がやりたいのか、とか、ちゃんと考えたことがこれまでそんなになかった。

 

 

いつからか現実主義者になった。

 

 

例えば小学生の頃は薬剤師になりたかったけれど、中学1年生で数学が苦手なことに気づいた。

 

 

そのとき、私は絶対文系を選択することを決めていた。

 

 

小学校の卒業記念ムービーに「薬剤師になりたい」的な紙を持って映った私(みんな、将来の夢を書いたボードを手にしていた)は、いとも簡単に、その夢を「諦めた」。

 

 

もしかすると、諦めようと思うほど、叶えたいと思っていなかったのかもしれない。真相は私にもわからない。

 

 

結局数学との付き合いを断つことはなく、共通テストで数学を2科目受け、そのおかげもあって行きたかった大学に入れた。

 

 

大学は楽しく、人間関係にも恵まれ、充実した日々を送っている。

 

 

でも、中1のときに薬剤師という「夢」を「失って」から、その代わりはまだ見つかっていない。

 

 

でも、ずっと考えている、思い当っていることはある。

 

 

たぶん、私は思っている、心のどこかで。

 

 

たぶん、私はこの人生のどこかで、何かを成し遂げたい。それが何かは分からないけれど。

 

 

おそらくそれは、自分が何らかの形で形容される存在になることで、「何者かになりたい」という承認欲求と紙一重のところにあるのだと思う。

 

 

本当かどうかはわからないけれど、私へ。

 

 

そのことだけが先行するのは、どうかやめて。せめて、心の中だけにとどめておいて。

 

 

だって、何者かになりたいとかいう漠然とした思いが、知らず知らずの間に傲慢さとして表れてしまうとしたら、それは恐ろしいことだから。

 

 

自分なりに考えて、べつに最初から成功することだけを念頭に置かなくてもいいから、何か自分で決めたことに向かって全力で頑張れる自分でありたい。

 

 

そこに忠実であり続けられたとき、別に何者かになりたいと思っていないとき、いつの間にか、私は自分で自分の人生に胸を張れる気がするから。