先日
でも 少しふれましたが、
虹の橋を渡った子達から メッセージが届くって 、けっこうあったりする。
最愛の子が最期を迎えたときに 飼い主さんが悩むことのひとつに
「最期を看取ってあげられるかどうか」っていうのがあると思う。
結論から言って
その子がしたいようにします。
最期、側にいてあげた方がいいんじゃないかって思うけど、側にいてほしい子もいるし、いてほしくない子もいる。
人間側からしたら ずっと看病して側にいてあげることが愛情表現と信じて疑わないところありますが、必ずしもそうじゃない場合ってあるみたい。
知人で余命を宣告された愛犬が
「ここ二、三日だな・・・・」
って死期を静かに受け止めて、その期間は 全ての予定をキャンセル。
ずっと夜も眠らずに愛犬の側にいた彼女が2日目の朝に ほんの10分うたた寝した間に愛犬が虹の橋を渡ってしまっていた。
うたた寝さえしなければ!
最初は後悔した彼女も愛犬からのメッセージで
「彼女が見ていない時に旅立ちたかった」愛犬の希望があったことを知った。
日付が早まっても 延びても きっと愛犬は「 彼女が見ていない時」を選んだだろう。
そんな話をしながら 「ちゃんと選んで逝くのね」と呟いた彼女の一言がずっと心に残っていた。
そう 、ちゃんと選んでいく。
我が家の愛猫レディーしましま「ひゅうちゃん」も「選んで」そして私に「選ばせた」子。
癌で余命1年と宣告されたひゅうちゃんが その余命を越えて半年以上頑張っていてくれた時のこと。
まだまだお付き合いする前のマイドラ(彼)とフェスに行く約束をしていて その時期に ひゅうちゃんの容態が微妙になってきた。
もちろんチケットは既にとっていて、しかもマイドラの好きなアーティストが久しぶりに日本で演奏するので めちゃくちゃ楽しみにしていた。
にもかかわらずマイドラが迷わず
「行くの中止にしよう」
って言ってきた。
ひゅうちゃんが虹の橋を渡るまでの数ヵ月、実はずっと やりとりをしていた。
少しでも彼女の意に沿うようにしてあげたかったから。
「仕事も恋も全て、楽しんで!あなたが楽しめば 全てが素敵にまわりだす」
これは 余命を宣告される前にアニマルコミュニケーターさんにひゅうちゃんが
カンナさんに伝えたいメッセージやアドバイスはある?
と聞いたときのコメント。
この後 虹の橋を渡るまでの数ヵ月の間もひゅうちゃんは 根本的に変わらないメッセージを伝え続けてきた。
「私のことを理由に楽しむことを諦めないで。楽しんで!」
自分の為に私が楽しむことを諦める方が嫌だし傷つくという ひゅうちゃん。
でも・・・・この状況で フェスを選ぶのは、ひゅうちゃんよりも フェスの方が大事って思ってるみたいで 嫌だ。
罪悪感でいっぱいだったけど、
ひゅうちゃんのしたいようにすると約束していた私は、フェスに行くことを決意した。
この時ひゅうちゃんは ご飯も食べていたし、おトイレも自力で普通に行っていた。
でも ライブの日は満月で なんだかお別れが近いような気しかしなかった。
できることは全てやって、
それでも命をとりとめることができなかったら、
ひゅうちゃんを神様に返す時なんだろうなって思ってそれまでずっと向き合ってきた。
「じゃあ行ってくるね」
お昼寝をしている ひゅうちゃんに私が最後にかけた言葉だった。
マイドラの好きなアーティストが終わって、大トリのレッチリをすっ飛ばして帰宅したら 穏やかな顔で横たわっているひゅうちゃんがいた。
こんなことを言うと誤解を招くかもしれないけど、帰宅したら 、ひゅうちゃんが「おかえりなさい」と迎えてくれることがないことを60%くらい理解してた。
ひゅうちゃんがお風呂場で上空を見上げながら、今まで聞いたことがないような鳴き声で誰かと話してたのをみたときに、
もう「虹の橋」を渡る時が近いと感じてた。
それでも残りの40%、もしひゅうちゃんが私がいるときに虹の橋を渡ることを選んでいるなら、きっと おかえりって言ってくれる。
そう思ってた。
でも ひゅうちゃんは虹の橋を渡っていってしまってた。
病院の先生に「気力だけで生きてる」って言われたひゅうちゃん。
レイキヒーリングの師匠にも 同じ事を言われたひゅうちゃん。
私がいない時を選ぶのをなんとなくわかってた。
だって私たちは似てる。
なんとなくわかってたけど・・・・思い違いであってほしい気持ちもあった。
それでも自分のしたことが正しかったのかわからなくなって ひゅうちゃんを抱き締めておいおい泣いた。
事実だけ外側から見れば、
余命を宣告された 愛猫を置いて遊びにいった酷い飼い主なわけで・・・・
泣いてマイドラに電話をして うちにきてもらうのを待っている間、
「あなたが気のすむようにすることと、私が(ひゅうちゃん)気のすむようにすることは違う」
と これ以上ないくらいに ハッキリ言われた。
しかも ちょっと叱り口調
めそめそ泣いてる私にひゅうちゃんは
「何度も言ったでしょう?」
って。そうだけど・・・・
それでも心は揺れた。
ハッキリ言って他人から見てどう思われるかなんてどうでもいい。
私とひゅうちゃんの間で交わされた「想い」のやりとりが全てだ。
心に何度聞いても
「フェスに行くことを中止にする」
という選択にならなかった。
ひゅうちゃんが大切で愛してるのに、こうなる現実を6割心のどこかで理解してても そう思わなかった。
「どうしてかな・・・・」って 改めて考えたら、やっぱり同じ答えしか出てこなくて
「ひゅうちゃんが そうしてほしかったから」と思った。
ひゅうちゃんは「死ぬときや死んでいく姿」を何かの理由で見られたくなかったんだな・・・・
見られたくなかった。というよりも 泣き叫ぶ私を見たくなかったっていう方が 正解かも・・・・(´;ω;`)
私がフェスを中止にして、ずっと側についていたとしたら、それは「私の気のすむこと」で、「ひゅうちゃんの気のすむこと」ではないんだろう。
もし ひゅうちゃんの「してほしいこと」が側にいて見送ってほしい。だったらフェスに行くことを中止にするという選択を私はしたと思うし。
めそめそしながら 想いを交錯させていたら朝がきた。
人事を尽くして天命を待ってみたけど、
奇跡も期待してみたけど 、ひゅうちゃんを神様に返すときがきたみたい。
15年、長いようで短いような気分。
生きていて、他の人や生き物との関係は、どれだけ「想い」をやりとりできたか、
どれだけ「想い」をこめて向き合えるかなんだと教えてくれた子でした。
ひゅうちゃんの選択を貫くこと、それを叶える選択を私にさせてくれたこと、約束を守らせてくれたこと、どれも大切なことだと命をかけて教えてくれたひゅうちゃん。
そんな ひゅうちゃんが ラピドラさんのところにやってきたらしく、(我が家の見えないファミリーや虹の橋を渡ったファミリーが時々 ラピドラさん宅に遊びにいっているようで💦)
あの子(私のことです)は頑張ったのよ!
と、「ひゅうちゃんの気のすむようにする」という選択を葛藤しながらもできた私のことを自慢気に話していたそうw
もうね、お母さんですw
電話でラピドラさんとその時のことを話ながら 、若干涙ぐんで
「多分 私の泣いてる顔見るの嫌だったから、いない時を選んで虹の橋を渡ったんでしょうね・・・・」(ノω・、)
ってしんみりしてたら、
ラピドラさん「だって 泣かれたら五月蝿くて。」って ひゅうちゃんが言ってます・・・・
・・・・ってCOOLすぎっ!
思わず涙がひっこみました( ̄ー ̄)
でもね、生きてるのが不思議なくらい気力で持ってるってお医者さんに言われてた時期に
ボロボロの体で 食欲だって少しずつ落ちてきてたのに、わざと私のおやつやご飯を狙うふりをして
「コラーッ食べちゃダメっ!」
っておいかけっこしたり。
そんなことを思うと
「泣かれたら五月蝿くて」って、
「湿っぽくなるのは嫌よ!」ってことだよね?
別れ際 ギャン泣きして 彼女の旅路を邪魔しなくてよかったと心から思った私(;・ω・)
そんな訳で 人と暮らす虹の橋を渡る子たちは渡るタイミングをちゃんと決めています。
飼い主さんがいるときに 旅立つのか
いないときに 旅立とうと思っているのか。
だから 「会社に行っている間に亡くなってしまった」側にいないときに亡くなってしまった。あの時側にいてあげれば・・・・とか、会社休んででも 側にいてあげればよかったとかご自分を責めないでくださいね。
側にいないとき、見てないときに旅立つ。
と決めている子は 例え お休みをとって側にいても トイレに立った僅かな間に 旅立っていったりします。
悔やんだり自分を責めたりするよりも最愛の子の選択を尊重してあげられたとを胸に穏やかに送れれば きっと 虹の橋の向こうで 大切な子が笑ってくれるように思います