亡き祖父のこと。 | 好きなものは好き、嫌いなものは嫌いでいい。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌いでいい。

ブログの説明を入力します。



昨年3月末に亡くなった祖父ですが、
97歳大往生でした。



亡くなる少し前まで 自分のしたいことをしたいようにしていたのではないかな?
と思える祖父でした。




亡くなる前に母に「葬儀には参列しません」と伝えていた私。




祖父のことを嫌いではないけど、好きでもなかった。





私たちが祖父母宅に訪れても 歓迎されるでもなく、喜んでいるわけでもない祖父母。



幼い頃は「祖父母に好かれてない」ということだけは なんとなくわかっいて淋しく思っていましたが



大人になった今なら祖父母は私が好きじゃなかったというよりも子供があまりすきじゃなかったんだとわかります。




それが悪いわけじゃない。
子供が好きじゃない人の気持ちもよくわかる。し、動物が好きじゃない人の気持ちもよくわかる。




子供好き、動物好き=いい人



っていう図式 いい加減やめてほしいと思ったりもする。




そうでもないし、「自称」好きってだけで、いい人でもない人はたくさんいる。




なので祖父母の家に行くのが正直、苦痛だった。



子供が好きじゃない祖父母。
祖父母と折り合いの悪い母。



「俺の父親の前で正座の足をくずしやがった!」と帰宅してから私を殴る父。


父の思い描く「いい子な孫」から外れる行動を私がとると、容赦なくその場でも怒鳴られたり、ぶたれたりした。





これが一番嫌だった。



とにかく ぶたれないように びくびくしながら、余計な発言もしないように 時間が過ぎ去るのをひたすら我慢。



子供の私が楽しいわけがない。



孫に定期的に会わせなくてはいけないという体裁の為の誰も楽しくない時間。



でも祖父母は悪くない。



祖父母が「来い」としつこく言ったわけではなくて、父が勝手に「常識的なよい息子」を演じるために 全員つきあっただけにすぎないからだ。



だから祖父母と過ごした時間の中に楽しい思い出はない。



だけど、それは祖父母の人となりがどうこうって話ではない。



祖父母が嫌いなのではなく、一緒に過ごした時間が楽しいことがひとつもなく、その時間が、思い出が嫌いなのだ。


だから葬儀には参列しない。


でも私なりに祖父にご供養の気持ちをむけたい。


それを母に話ながら泣いてしまった自分に



祖父に嫌われてると思っていた幼い頃の私は意外と傷ついていたんだなと気づく。






夜勤のお仕事をしていた当時、明け方の仮眠時間に誰かが枕元に座った。


「祖父だな。亡くなったんだな」


とすぐにわかる。


翌朝、母から祖父が亡くなったと連絡がはいった。



最後の時期は入院していた祖父。
命の危険や自分を傷つける危険がある為、亡くなる少し前はベッドで拘束されていたという。


病院のスタッフさんも祖父の安全を配慮して 措置をしてくれているはずなのだが、まるで縄脱けのように どうにかこうにか 拘束を解いてしまう祖父。




すごいね〜!じいちゃんマジシャンみたい✨!





不謹慎にもそう言いながら笑ってしまう。



カラオケ、舞踊、書道、仲間との温泉旅行・・・多趣味でじっとしていることを嫌った祖父らしいと思わずにいられなかったからだ。



ある時期、ほとんど 話すこともなく、動くこともなく、反応がなくなった祖父を元気付けようと母が




「元気になって、また躍り踊るんだよねニコニコ」って声をかけたとき



祖父は手をバタバタさせて 踊るような仕草を見せたという。



好きなことのエネルギーってすごいよね。




誰がどんなに話しかけても無反応だったのに、祖父は好きなことに反応した。



あぁ また踊りたいんだな〜



祖父はとりわけ舞踊が好きで 自前の錦鯉みたいな着物を何着も持っていて 親族が集まるとき、親族の結婚式で



「もう いいから!」


って止められても 聞く耳もたずに踊りまくってた(笑)




亡くなったであろう明け方に枕元に座っていた祖父は穏やかな空気だった。



決して「葬儀に来ないって正気?💢」



って感じではなかった(笑)


「もう自由だね。たくさん踊れるね」


そう伝えると優しい空気がふんわりと流れて祖父はいなくなった。



仕事が終わって 帰宅すると


祖父が水色と金色の錦鯉みたいな着物で金の扇子を持って踊りまくる映像がじゃんじゃか 入ってくる( ̄ー ̄)



ぼろぼろになって思うように動かない肉体に縛られることなく 好きなだけ踊れることが嬉しいんだなぁ〜(^ω^)



そう思っていると、




水色と金色の錦鯉着物のアップ!




・・・・・・



錦鯉着物のドアップ!




が何カットもさしこまれる( ̄ー ̄)




わかった!わかったからじいちゃん!!(笑)




早速、母に電話。


「祖父の舞踊の衣装で 確か水色と金の着物あったよね?それを棺に入れてほしいみたい」



と伝えると、母が父に伝言。



なんと数ある衣装の中から父も、その水色錦鯉の着物を棺に入れようとなんとなく思っていたらしい。





そういうことに 疎い父に祖父は先にメッセージを送ったのであろうが、ちゃんと必要な着物を棺にいれてくれるか心配になり、孫の私を念のため経由したんだな〜


それにしても、ちゃんと キャッチできてた父もすごい!




「その着物でじいちゃん、もう 体も自由に動けるから 苦しい肉体から解放されたから、大好きな踊りを 先にあっちに行ったお友達の前で いっぱい披露することができるね」



っメールしたら、


「ありがとう。でもその言い方はどうかと思う」



若干怒られました。( ̄ー ̄)



まぁ いいや!



父も 非常識だと言っている人たちも


「死んだら、わかる。」



ということにつきる。と思いました(^ω^)



趣味のお友達が どんどん先に亡くなり、淋しそうにしていた祖父は、やっと向こうでお友達に囲まれてお気に入りの衣装で踊りを披露しているに違いない



「もう そろそろ いいから!」

とか言われながら(笑)


祖母の生前から 洗濯や掃除や食器洗いを抵抗なくこなしていた祖父。


あの年代の男性特有の「男が台所にたつものじゃない!それは女の仕事!」


という考えがあまりなかった人。

だからこそ 祖母が亡くなった後も自分でできることをして、気のあう仲間と交流しつつも  余生を謳歌していた祖父。


大人になった今、祖父のそういうところを尊敬しています。