”闘病生活~大事な人に、「大事だよ」と伝えられる期間のありがたさ~” | 好きなものは好き、嫌いなものは嫌いでいい。

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さとうみつろうさんの素敵記事❤


本当にこれ そのとおりだなって思います。
渦中にいると気づきにくいけどね。


私の場合、大切な愛犬が 肝臓がんで余命一ヶ月。
もっても三ヶ月。

もう なんの処置もできないので のこりの時間をどうぞ 密に過ごして穏やかな時間を。

とお医者さんから言われた時は 頭の中が真っ白になりましたが、

そこから 愛犬のちーちゃんと向き合った3週間は、今振り返ると 宝物な日々でした。


その時は彼女を失う恐怖と 弱っていく彼女に僅かなことしかしてやれない自分、そして もっと 早く気づいていれば・・・と自分を責めて辛かったですが、


本当に濃密な時間。


彼女がしたいと願うことをしよう!

彼女の声を聞いて、それが 私にとって 悩むことでも 実行したり、

お水を飲むのも歩くのもままならなくなった彼女が
最後に



玄関の前に立って

「お散歩行こう♪」

って誘ってくれたこと。

その姿は、元気でにこにこご機嫌な自分を私の目に焼きつけて 最後はその姿で別れようとした彼女の愛を感じた。



気迫にも似た愛。



もう本当に最後なんだな。
そう感じた私は、彼女を連れて早朝お散歩に出かけた。

近くの空き地まで やっとの足取りで歩いて 排便をするも 後ろ脚の力がなく、倒れた彼女を


よく 頑張ったね。お散歩楽しかった♪もう おうち帰ろうね。

と 抱えて 帰宅した朝。


会社に行くまでの時間を


「ちーちゃん 愛してるよ。大好きだよ。
生まれてきてくれて ありがとう。


うちのこになってくれておりがとう。

一緒にいてくれてありがとう。」


をずっと 伝えると 横たわりながら、熱があるのか 熱くなった頬を私に寄せて甘えて 私を見据えてくれたちーちゃん。


私が会社に行って数時間後、彼が側にいる中で穏やかにちーちゃんは虹の橋を渡りました。


やっぱり 私がいない時を選んで逝くんだね。

自分のことよりも泣いてる私を見るのが辛い。彼女らしい選択でした。


渦中にいるときは、必死で 悲しくて辛い時間だったけど、振り返るあの日々は濃密で
終わりがわかっていたからこそ 全力で伝えあえた、悔いのない純度100な日々でした。


愛してると言葉にして伝え続けられたこと。
愛された事を携えて光に還ったこと。


あの時間があって 本当によかった。


死なない生き物はいない。
いつかは誰でも訪れる。
それが いつなのかもわからない。

だから 愛してると大切だと 相手に届くように
伝え続けたい。