当初の診断は咽頭癌でした。
主人の場合、
咽頭癌でもし声帯をとることになれば
それは仕事が出来なくなる事を
意味していました。
咽頭癌であろうとの診断後、
次の精密検査の予約の日まで
生きた心地がしないまま
数日を過ごしました。
どうなるのか不安でしたが
仕事が出来なくても
話せなくても
何よりも大切なのは命。
今の仕事が出来なくなったら
引っ越して田舎暮らしをして、
どんな事をしてでもいいから
家族で生きて行こう、
そんな話もしていた頃。
私も周りの友人に隠しているのに
限界を感じ
何でも話せる仲の友人には
少しずつ打ち明けました。
家族ぐるみでお付き合いしていた
幼稚園ママ友にも集まってもらい
公園で泣きながら打ち明けた時は
周りから見たら異様な光景であったに
違いありません。
けれどその時のみんなの
優しい言葉や励まし、頼もしい言葉に
心が救われたのは言うまでもありません。
妻として、そして母として、
立場を同じくする彼女たちは
様々な角度から私の今の心境を案じ、
心配してくれました。
数日後の精密検査で、
新たなことがわかり
主人の首のリンパにあったしこりは
咽頭癌ではなく
悪性リンパ腫、血液のガンの仕業であると
判明しました。
治療の方向性が大きく変わり
外科的な手術ではなく
化学療法メイン、の
治療方針となりました。
血液のガン、と聞いても
恐怖には変わりありませんでしたが、
これから闘うべき相手が
何なのかが分かり、
大まかな治療のスケジュールを聞き、
治療の方向性が決まったことは
大きな進歩でした。
そして、私にとっては
数年前に母が骨髄異形性症候群という
同じく血液疾患(ガン)によって
骨髄移植をする、という
経験がありました。
その当時のことがよみがえり
全く見えない敵と闘うのではなく
何となくですが治療のイメージがつき、
不安とともにわずかながら
大丈夫、絶対治る、
そう思える気持ちが芽生えた日でした。