残り12キロ。
さぁ、行こう!
側道から道路へ戻り、ランナーたちの
流れに再び身を投じる。
「ようこそ、おかえり」と
迎えられた気がする。
気のせいじゃないはず。
31キロ通過。
6分32秒で走れた!
休憩時間を30秒とったから・・・
実質1キロを6分で走れたってことだ。
まだ走れるじゃねーか!
強い向かい風の中を進む。ひた進む。
長い長い直線道路が幕を閉じて、ランナーたちを
迎えるのは大きな橋。
限界に近づく脚を、長い上りが更に苦しめる。
みんな、諦めて歩き始める。
でもオレは歩かない。
坂では絶対に歩かない。
これまで坂で練習してきたからだ。
坂を走り込んできたからだ。
のろのろでも、走る!
それが、自分を育ててくれた坂に対しての
感謝の気持ちやろ!
沿道に大きな手作り看板を見つけた。
1人の青年が高々と掲げる
「キツいのは気のせいだ!」
の文字。
思わず笑ってしまう。
近づいて「ありがとう!」と叫ぶ。
上りで遅れた分、下りはスピードアップ。
・・・って。できてんのか、スピードアップ?
気持ちだけ?
たぶん出来てるはず。
橋を下り終えると、身体がずしりと重く感じる。
鎧を一着背負ったような感じ。
ももが上がらない・・・。
立ち止まりたい。
しゃがみこみたい。
勝負を投げてしまいたい。
思い出せ。
1歳の娘が歩き出して間もないある日。
よちよちとこちらに向かって歩を進める娘。
手をぱちぱち叩いて、娘に向かって伸ばす僕。
その時娘に何て言った?
「ほら、もう少し、頑張れ!頑張れ!!」
て言うたやろ!
今お前自身が頑張れよ!!
父親のお前が頑張りの見本を見せてみろ!!
この前の、三歳の息子の幼稚園お遊戯会。
舞台上で、出し物の前に息子が観客に
向かってマイクで言った言葉。
「○○組、△△△を踊ります。
一生懸命に元気に踊ります!」
そして、彼らは元気に踊った。
本当に、見ていて涙が出るくらい、
一生懸命に歌って、踊った。
お前の息子は、宣言を実行して見せたんだ。
その頼もしさに、お前は父親として
胸打たれたんだろう。
ならばお前も宣言を
実行して見せろ!
レース前、「歯を食いしばって走りぬく」と
誓ったんだろう。
じゃあ歯を食いしばって
走り抜けよ!!!
腕を振る。
振る。
足を前に出す。出す。出す。
見ていろ、子供たち。
見ていろ、妻よ。
親父負けんぞ。
前方に、再び大きな坂!
この大会は、出場した全てのランナーに
「後半のアップダウンの多さが強烈」と評される。
ほんっとに坂多いなっっっ!!
坂の手前100メートルから歩いてる人たちが見える。
オレは歩かないぞ!
宣言を実行するんだ!
すぐ目の前の、同世代のランナーに食らいついていく。
横に並び、そのまま併走する。
向こうがちらりとこちらを見る。
同じ歩幅。同じペースがずっと続く。
分かる。
お互いを認め合い、励ましあっているんだ。
無言のコミュニケーションだ。
果てしない上り坂。
構わない。
こいつが走る限り、おれも歩かない。
どんなにきつくても。
一緒に松坂世代の心意気を見せてやろうぜ!
そう心で思った瞬間、
そいつが普通に歩き出した。
ん歩くんかい!!
坂を下り終えると、また一つ身体が重くなる。
呼吸が荒い。
くっそう!
負けんな。負けんな!
目を閉じて100歩進む。
目を開けて50歩進む。
目を閉じて100歩進む。
35キロ・・・
36キロ・・・
37キロ・・・
あと5キロちょいまできたっ!
もうほんのちょっとだ!!!
そしてまた待ち受ける、大きな坂。
どんだけ坂作るんこの地域!
タモリを呼べ!!
ここでも「しんどいのは気のせいです」の
ボードを見つける。
ありがとう!気のせいなんだよな!!
気のせいのおかげで、何とかクリア!
「残り5キロ」の看板を過ぎる。
そうか。
こっからは看板が「残り○○キロ」表示に
切り替わるのか。
1キロごとのタイムも、区切りを変えなきゃ・・・
ランウォッチの計測スイッチを押す。
押してすぐに、「38キロ」の看板。
何なん(笑)!!
どっちなん!!!
計測グダグダになったや
ないか!!!
1人突っ込みに自分で癒される。
市街地へ入り、河川敷沿いを走る。
道が狭くなっている。
きつい。
歩きたい。
みんな歩いてる。
1分だけ・・・30秒だけ歩こうかな。
それくらい許されるだろう。
ここまで頑張ってきたんだ。それくらい・・・。
不意に、次元さんの声が頭に響く。
「最後の4キロ、川沿いのここらへんからもう
ヘトヘトやもんね~!ボロボロよね!」
これは?
・・・3週間前のコース試走の時の、次元さんの声だ。
この道を走ったときの会話だ。
「いやマジやばいでしょうね(笑)」
「意識無いかもですね~!」
僕やジュビロ君も、応えてる。
「サブ3ランナーの次元さんでもやっぱきついですか?」
「そらきついよー最後は死ぬ思いよ!」
ジュビロ君が続ける。
「でもオレ、たぶん歩いてますよ。ほんとに。
ここまでくりゃ、歩いてもゴール
できますもんね。ははは・・・」
「ダメばい。」
次元さんが声色を変えた。
日頃優しい次元さんの、鋭い眼光。
「ここまで来て歩く男を、
おれは認めんよ。」
不意にドン、と背中を押された気がして、
前によろめいた。
よろめきながら、意識が現実に戻る。
目の前に、河川敷の景色が拡がる。
そうだ。
ここまできて、歩けない。
歩くもんか。
走るんだ。
行くんだ!!
残り2キロの看板を過ぎる。
ラスト2キロ!
行くぞ!!!
続くううううううううううう!!!!!!