今年に入って仕事も辞め時間ができたので、
時々図書館で小説を借りたりして読んだりしてます。
昨日はこんなの読みました[E:book]。
主人公は、2人の受験生の子供をもつ母親。
自分は自宅で翻訳の仕事をしながら家事を完璧にこなし
夫と娘達の世話をやいて日々追われながらも、
それが主婦として当然であり誇りでもあると思っていたのだけれど、
同窓会にでることになって事件が。
母親の自分が自由な時間を割くことに批判的な家族、気がつけばメイクも満足にしてこなかった自分、同窓会で出会った同級生のエステティシャンが自分とは比較にならない程魅力的だったこと。
それをきっかけに自分の魅力を引き出したいと思う主人公の話なんですが。
なんかたぶんありがちな話なんだけれど印象的だったのは、
家族の為にいろいろ考えてきたのに、それをまったく感謝してない・・というか
その努力に“気づきさえしない”娘達と夫。
快適な家庭を作ってきたと思ってたのに、気がつけばそこでまったくくつろげない状況にいる
自分に気づいて唖然とする主人公~~。
う~ん。
なんかふと考えさせられたのは、自分と重ねたわけではなく
自分の母親のこと。
専業主婦としての母親の功績や努力を私は「娘」としてちゃんと認めてきたのかなと。
いや、認めていたけれどそれを態度や言動として表したことはなかったかも。
私だけでなく、弟も父も母が母であることを当然のようなこととして受けとめてきてしまったなと。
感謝の言葉=努力を認めていること、であり、当然でありそのことに"無関心"=努力を認めていない
ことなんだなぁなんて思いました。
主人公の娘達よりもももっと上の年齢になるまで、そう結婚するまで私は実家にいたし、勉強や仕事はしてきたけれど身の回りのこと&家事はいっさい母親に頼っていたので、それを当然のようにして暮らしてきた私は主人公の娘達より悪いか・・(^^;)
でもたぶん母も、気がつけばそうなっていたのだなぁと思うのです。
自分も母親になって思うのは、やっぱりどうしても自分のことが後回しというか。
思考回路が「子供がこうしたら喜ぶかも。」「家族でこういうことしたい。」
になっていくのです。
自分の時間や労力を100%自分の為に使うことが知らず知らずにできなくなる。
真面目に取り組む程、自分が犠牲になってしまう悪循環もうまれる。
それでも、時代が母の時とは違うので、(それに性格上)私は自分のことはそんなに犠牲にしてないし、そもそもそんなことできない(笑)。旦那もわりと家庭的な人であり、共働き時代と変わらない家事サポートをしてくれるのでかなり助かってて、そういう意味で今のところ実母より恵まれている分、母に対して特にそう思うのかもしれません。
先日、実家に帰った時に、実母実父からそれぞれ別の場所でそういう愚痴をきいたのもちょっと影響しているかな。
父はそういうことを言うタイプの人間ではなく温厚な人だと思っていたけれど、話の端々に
「今まで家族を俺が養ってきたんだから、やっぱり自分に対し感謝の気持ちがあって然るべき」
「家庭のことは今まで母に任せてきてあった」
という意志があり
母は母で、
「今まで自分が、父の面倒をどれだけみて家族をサポートしてきたか、父はわかっていない」という気持ちがあり。
私に言わせればいわゆる熟年夫婦の典型的な愚痴。
お互いに「感謝」しあえば多少なりとも緩和するでしょうと思いながら聞いてましたが、私自身も両親に対して今まで感謝の言葉がたりなかったと伝えれば良かったのかもしれません。
なんとなく~
自分は、自分の家庭は、夫に対して子供に対して日々感謝していきたいし
されていきたいなぁなんて思ってしまいました。
それから、今は少し体調を崩して病気と闘っている母。
治して、好きな時間自由な時間を満喫して欲しいと願います。
温泉旅行でも一緒に行けたらいいな。愚痴を聞き、感謝の言葉をなげかけたいです。
それから、話しは違うけれど
やっぱり「いい女」磨きはしないと!なと(^^;)
私も、ファッション雑誌は読まないほうだし
(たまに美容院いった時に、置いてあるもの読むくらい[E:coldsweats01])
肌のお手入れ等々にも時間かけてないし。
(もう、曲がり角にきてるのに~~。)
スーツをきてオフィスで働く仕事もしたことないので、私服も好き放題。
今の30代のおしゃれ感がわからないので、このままいくと40代も50代も
ず~~とわからないまま、本当にいざ同窓会!っていう時に主人公同様相当焦りそうです[E:sweat01]。
時々図書館で小説を借りたりして読んだりしてます。
昨日はこんなの読みました[E:book]。
![]() | いい女 (中公文庫)
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主人公は、2人の受験生の子供をもつ母親。
自分は自宅で翻訳の仕事をしながら家事を完璧にこなし
夫と娘達の世話をやいて日々追われながらも、
それが主婦として当然であり誇りでもあると思っていたのだけれど、
同窓会にでることになって事件が。
母親の自分が自由な時間を割くことに批判的な家族、気がつけばメイクも満足にしてこなかった自分、同窓会で出会った同級生のエステティシャンが自分とは比較にならない程魅力的だったこと。
それをきっかけに自分の魅力を引き出したいと思う主人公の話なんですが。
なんかたぶんありがちな話なんだけれど印象的だったのは、
家族の為にいろいろ考えてきたのに、それをまったく感謝してない・・というか
その努力に“気づきさえしない”娘達と夫。
快適な家庭を作ってきたと思ってたのに、気がつけばそこでまったくくつろげない状況にいる
自分に気づいて唖然とする主人公~~。
う~ん。
なんかふと考えさせられたのは、自分と重ねたわけではなく
自分の母親のこと。
専業主婦としての母親の功績や努力を私は「娘」としてちゃんと認めてきたのかなと。
いや、認めていたけれどそれを態度や言動として表したことはなかったかも。
私だけでなく、弟も父も母が母であることを当然のようなこととして受けとめてきてしまったなと。
感謝の言葉=努力を認めていること、であり、当然でありそのことに"無関心"=努力を認めていない
ことなんだなぁなんて思いました。
主人公の娘達よりもももっと上の年齢になるまで、そう結婚するまで私は実家にいたし、勉強や仕事はしてきたけれど身の回りのこと&家事はいっさい母親に頼っていたので、それを当然のようにして暮らしてきた私は主人公の娘達より悪いか・・(^^;)
でもたぶん母も、気がつけばそうなっていたのだなぁと思うのです。
自分も母親になって思うのは、やっぱりどうしても自分のことが後回しというか。
思考回路が「子供がこうしたら喜ぶかも。」「家族でこういうことしたい。」
になっていくのです。
自分の時間や労力を100%自分の為に使うことが知らず知らずにできなくなる。
真面目に取り組む程、自分が犠牲になってしまう悪循環もうまれる。
それでも、時代が母の時とは違うので、(それに性格上)私は自分のことはそんなに犠牲にしてないし、そもそもそんなことできない(笑)。旦那もわりと家庭的な人であり、共働き時代と変わらない家事サポートをしてくれるのでかなり助かってて、そういう意味で今のところ実母より恵まれている分、母に対して特にそう思うのかもしれません。
先日、実家に帰った時に、実母実父からそれぞれ別の場所でそういう愚痴をきいたのもちょっと影響しているかな。
父はそういうことを言うタイプの人間ではなく温厚な人だと思っていたけれど、話の端々に
「今まで家族を俺が養ってきたんだから、やっぱり自分に対し感謝の気持ちがあって然るべき」
「家庭のことは今まで母に任せてきてあった」
という意志があり
母は母で、
「今まで自分が、父の面倒をどれだけみて家族をサポートしてきたか、父はわかっていない」という気持ちがあり。
私に言わせればいわゆる熟年夫婦の典型的な愚痴。
お互いに「感謝」しあえば多少なりとも緩和するでしょうと思いながら聞いてましたが、私自身も両親に対して今まで感謝の言葉がたりなかったと伝えれば良かったのかもしれません。
なんとなく~
自分は、自分の家庭は、夫に対して子供に対して日々感謝していきたいし
されていきたいなぁなんて思ってしまいました。
それから、今は少し体調を崩して病気と闘っている母。
治して、好きな時間自由な時間を満喫して欲しいと願います。
温泉旅行でも一緒に行けたらいいな。愚痴を聞き、感謝の言葉をなげかけたいです。
それから、話しは違うけれど
やっぱり「いい女」磨きはしないと!なと(^^;)
私も、ファッション雑誌は読まないほうだし
(たまに美容院いった時に、置いてあるもの読むくらい[E:coldsweats01])
肌のお手入れ等々にも時間かけてないし。
(もう、曲がり角にきてるのに~~。)
スーツをきてオフィスで働く仕事もしたことないので、私服も好き放題。
今の30代のおしゃれ感がわからないので、このままいくと40代も50代も
ず~~とわからないまま、本当にいざ同窓会!っていう時に主人公同様相当焦りそうです[E:sweat01]。
