日本の経済政策
アメリカ大恐慌の発生とそれに続く世界恐慌を背景として、J.M.ケインズの『完全雇用実現ための財政スペンディングによる有効需要創出』という学説が台頭し、40年代から60年代までの間に世界の主流となった。70年代以降、世界的な高インフレのなかで従来の財政政策と金融政策が手詰まりとなって「経済学不要論」さえささやかれるなかで新古典派が台頭し、自由化、民営化、市場重視、規制緩和といった方策がもてはやされることとなった。更に、1985年9月のプラザ合意を契機として急激に円高が進行する過程で金融の超緩和策を続け、この結果バブル経済が発生した。
90年代に入ると、バブルの崩壊により不良債権問題が表面化し、銀行の貸し渋り、企業活動の低迷などから日本経済のデフレ化が進み始めた。そうした中で97年度には消費税率を引き上げ(3%から5%)たため、デフレは一層深刻化することとなった。このデフレから脱出するために小渕政権は財政面からの需要創出を積極化させたものの、デフレからは脱出できず、財政赤字を巨大化させるだけに終わった。今では逆に政府支出削減、財政構造改革の強行等々の政策をとっている。そして、デフレ脱却策では金融へ大きく依存し、ゼロ金利策から、さらに量的緩和策をくりかえし、金融市場は事実上マヒ状態となっている。不況の実態を読めないままに日本がとった政策は、事態をますます悪化させる結果になったようだ。
今日、失業率は高く、就職戦線は氷河期であり、将来には大きな不安があります。高齢化と財政難により年金、福祉への不安が深刻で、個人消費は伸び悩み、景気回復を遅らせている。いくら政府が、「景気は着実に回復」と発表しても、国民は全然実感していない。
日本には、本当に良い経済政策の選択が必要だと思います。
90年代に入ると、バブルの崩壊により不良債権問題が表面化し、銀行の貸し渋り、企業活動の低迷などから日本経済のデフレ化が進み始めた。そうした中で97年度には消費税率を引き上げ(3%から5%)たため、デフレは一層深刻化することとなった。このデフレから脱出するために小渕政権は財政面からの需要創出を積極化させたものの、デフレからは脱出できず、財政赤字を巨大化させるだけに終わった。今では逆に政府支出削減、財政構造改革の強行等々の政策をとっている。そして、デフレ脱却策では金融へ大きく依存し、ゼロ金利策から、さらに量的緩和策をくりかえし、金融市場は事実上マヒ状態となっている。不況の実態を読めないままに日本がとった政策は、事態をますます悪化させる結果になったようだ。
今日、失業率は高く、就職戦線は氷河期であり、将来には大きな不安があります。高齢化と財政難により年金、福祉への不安が深刻で、個人消費は伸び悩み、景気回復を遅らせている。いくら政府が、「景気は着実に回復」と発表しても、国民は全然実感していない。
日本には、本当に良い経済政策の選択が必要だと思います。