自分もアフィリエイトで稼ぎたいと思うことがあります
やっぱり人の話を聞いていると時間はかかりますが
お金は安定してはいるしお小遣いにはなるので
いまやネットサービスがあるから
誰でもある程度の知識は得られるほど情報は公開されるようになってるし
情報の非対称性も
公開されると弊害のある専門的な技術に限られてきてるのではないかと思います
解放されている資源をいろんな人がそれぞれの発想を代入して
また一方で発想を交換していろんなサービスを相乗効果的に生み出していく
「情報は大抵公開される」という一つの直線上を誰でも走ることができる社会だからこそ
争いの目的は領土よりも、エネルギーよりも、情報となる
それは国家単位、個人単位どちらでも変わらない事実です
それで僕は一つ思いました。
いつかわからないけど今度自分の人生を振り返ったら
その自分は何を求めて振り返ったんだろう
その自分はどんな言葉をつかって
人とどんなかかわりを持って生きているんだろう。
人とかかわれなければ人は生きていけないです。
よく言われる言葉です
人はなにもしなければ死ぬことばかり考える
他人の発想をひたすらまとめる仕事、できるだけ読んでもらえる、見てもらえるという目的だけを
追いかけてただ作業をする自分
そんな仕事ならせめて人と会話できる仕事を自分は希望します
何やらアフィリエイトだけに限らないことですが
お金を使わなくてももっと人生を楽しむことはできるんじゃないでしょうか?
きっとそういう生き方をしている人たちが情報公開という社会のおおきな流れをつくっているんでしょう
方法は少なくとも探すのではなく拾うもので
自分で思いついたものではなく思いつくことが大事だと思います
資料に頼ったり、任せる形では生きてても楽しくない時代なんです
だってそんなんじゃ人に伝わらないでしょう
せいぜい噂というだけになってこだまのように消えていくだけです
本当に人に信用してもらえる人間を目指すことはそのような自主性にほかならず
それではじめてお金を経済的に使えるんでしょう
分相応という最初からきまったものでなく
だれでもそのような人間になれる時代です
僕の語彙力なんてほんとうに浅いものですが
そういう数はこうやって書いていく中、参考にしてもらう形で増やしていきます
僕はあくまで資料に対して確認という形を守り通します
そうです。これが自分のいやなところなんです
上のような形は会話的であって会話的でない文章を
なにも気にせず書いてしまうのが今の自分です
書いてしまうからには会話でもつくづくそういう面があらわれます
実際にお金を稼いだ経験もないのに経験があるかのように
しったかぶる
あえて僕はこれを社会のせいにします
そうすることで自分を含むそういう人間を社会を罰することで
変革できる気がします
僕はこの社会の中では無罪を主張します
なぜならそういう罪がある法律はこの社会に存在しないから
そうです
僕が罰したいのは
この罪刑法定主義です
小さいころから安全は自分で確保するものといわれました
このような法律を決定する姿勢・体制が日本の謙虚さを安売りしているんです
恥の文化であるのにその心は本人から生れるものでなく現在ある法律からうまれる
だからでしょう
こどもも親もよく嘘をつくのは
なにも変わってないんです
日本という国はその総和に対してそれほどの決定性をもつ制御要素がないと
国という単位をたもてなくなるようです
他国との関係を決定する時代という変数でいくらか密になっているだけです
僕は
いま文化という単位が危ぶまれていると思います
決定的な原因はその文化自体と文化の性質を保存する政治にかかわる人員不足でしょう
こんなこといって他人は過激だといいますが
ナショナリズムが日本にはもっとも必要だと思います
人員をして状態を回復するには教育しかありません
しかし公務員も保守的な姿勢をもつやからばかり
採用する側もそういう高さから見るから
それ以上の人材がでてくることもむずかしい
もっともこれらのことはただの勘繰りでしかないですが
