私の出生、今の時代じゃちょっと風変わり、父親は男の子が我が子として産まれてくる事を心から願い・・・
でも産まれてくる子は女の子ばかり、しかし彼は男の性で子作りに励み、彼の妻、(私の母)は妊娠してしまうのです。それが私、既に女の子が二人いた父親は母に私の出産を反対します。母は・・・
「産ませて下さい。きっと次は男の子です。」と土下座し懇願しました。
しかし残念ながら、産まれ子ども、私は、女でした。
そんな事はこれっぽっちも知らず産まれきてしまって、ただ物心ついた時から父親とは距離を感じていて、潔癖症の父親の機嫌を損ねまいと小学校から帰ると制服のままでまず玄関掃除をして次は乾いた洗濯物をとりこみ父親のワイシャツにアイロンをかけて、夕方になれば母親が仕事から帰ってくるのでヤカンにお湯を沸かして、仕事で疲れた母にコーヒーを入れた、父親は飲み会やら接待がなければ7時過ぎには帰ってくるのでお風呂に水をはり洗いたての肌着とバスタオルをスタンバイして何時に帰ってくるか分からない父親の帰りを待った、なんとなく家族ってそんなもんだと思ってたからそれで良かった、ずっとそんな感じでもよかった。お母さんが仕事から疲れて帰ってきて家のお手伝いをしてる私に「ありがとう。」って言ってくれる毎日で良かった、でも、突然崩れた、ガラガラって、崩したのはきっと私だけど、
ある日、正月だったかな?祖母の家に親族集まってた時、年始恒例の麻雀大会が終わって、親戚からは可愛がられていた私が「叔父さんの家の子にならない?」と冗談っぽく言われた後に私がどう答えていいか分からず苦笑いしているかと、お屠蘇で昼間からちょっと気分の良くなっていた父が「女の子だから別にいいよ、俺は男の子が欲しかったんだけど、あいつが次こそは絶対男の子だから産ませてくれって土下座するもんだから産ませてやっただけだから欲しいならごずいに!」と母の方を見ながら言った、子どもながらに複雑になった、小学校生活ももう後半だったころ、それからは何となく父親の機嫌をとってるみたいに思われるのが嫌になってきて、日課の玄関掃除も洗濯もワイシャツのアイロンかけもしなくなって、学校にも行かなくなって・・・
毎日学校に行くフリをして近くの団地の中の公園で時間を潰して、その後少し歩いた所にある大きな公園に場所を移して時間を潰して、また団地付近に戻って大きな給水塔を眺めながら「いつか父親に恨み辛みの手紙を書いてここから飛び降りて死んでやる!」と日々思ったものだった。
でもまだ生きてるけどね・・・