れっと・いっと・びー -3ページ目

れっと・いっと・びー

自分がこの先どう変わっていくのか?を記録していこうと思っています。
LPSを実現してまずは就職が目標です!

1994年9月9日午後8時51分 父は67歳で還らぬ人になった。

病気が発覚したのが4月中旬、すでに末期の胃癌だったので

狭窄した幽門部はそのままにして、逆の方に腸へのバイパスを作るだけの手術を受けた。


ちょうど前年、故・逸見政孝さんが「ガン告白会見」をしていたので

まさか翌年に逝くとはだれも思っていなくて

家族で話していた。

「自分がガンだったら知りたいかどうか?」

父親の答えは「知りたくない」だったので

最後まで本人には言っていない。


今年は曜日も同じなので余計に思い出す。

前夜は主治医の許可が下りたので母・妹・私は病室に泊まった。

父の意識はほとんどなくて、ただ見ているしかできなかった。


その数日前に「どこにいるかわかる?」と聞いたら

「おねえちゃんのうちだろ」と答えた。

父の中で私は結婚して?その家に来ているのだと思ったら

どうにもならない感情が溢れてきて

声を殺して泣いた。


去年17回忌も終わったので

もしそういうところがあるのならば

「あの世」の生活にも慣れたんじゃないかと思う。

・・・それとも、もう転生してるのかな??


さださんの♪関白失脚じゃないけれど

いなくなってからの方が父と話してるように思う。

父親と娘ってあまり会話がなかったからなあ・・・。

今日のブログの最後に

「お父さん、ありがとう!もっと話したかった」


今日は消化器内科の受診日。

いつも予定時間より1時間は遅れる。

名前で呼ばれない(受付番号が表示される)から

デジプレ聴いてたけどいい加減飽きてきて

左手の数珠の珠を数え始めました(あほ)


・・・さて、前の患者さんが入ってから

私の番号が表示されるまで、いくつ数えたでしょうか??

普通に「いちーにーさあん」のリズムで

895まで行きましたよお。

診察室入って「大変お待たせしました」って言われたんで

笑いながらですが「はいお待ちいたしました」って答えてしまいました。


胃腸の調子は4割くらい治ってきてます。

だから次回は4週間後でいいと思っていたのですが

先生からいきなり「10月から会津なんですよ」おへ?

「あ、会津って福島の?ですか??」

「はい」

「震災関係ですか?」

「うーん、それもありますねえ…。」うーんここにも影響が。

「で、どうしましょう?」って私に聞くな!

「あ、外科のK先生から紹介されたんだからK先生に戻る・・・とか?」

「それはちょっと。あ、でも今日外科とカンファレンスあるんで聞いてみますよ」


外科のK先生に処方をお願いできれば

母親が定期的に通院してるので一番便利なんだけどなあ。


せっかく慣れて来たのに・・・T先生えっ

あー別の意味で胃が痛くなってきたあ。


昨日の折り込み広告で見た求人。

場所・時給・時間・曜日・仕事内容は私的にはOK!?

で、今日9時半ころに電話。

「あのー資格は高卒としか書いてないんですけど、年齢は??」

ちょっと緊張して聞いてみました。

「なるべく長く働いていただきたいので合う方がいいんですよね

一応、定年は60歳ですけど」

うーん若い子採ると辞めるリスクもあるよなあ・・・。


で、とりあえず証明写真を撮りに下はジーンズで白Yシャツ着て

ジャケットは持って

近所のファミマにある撮影機へGO-。


髪をどうしようか?ちょっと悩んだけど

横だけ後ろに持って行ってバレットで止めて

当然、しっかり化粧もして写したのですがあ爆弾


やっぱり顔・・・でかいっす。


履歴書と職歴書と送り状をクリアファイルに入れると

140円「も」かかりますむかっ

結果はどうでしょうか??

ともあれ、動けたことに感謝音譜