chyuyuko3のブログ


最近アンリアルでポートフォリオを作りながら、日本就職を準備している。
明日から履歴書、職務経歴書、スキルシートを準備しなければならないが、実際に準備しようとするときちんとアピールできるポートフォリオが当然ないようだ。
初めて勉強を始める時は、それなりに一人で独学しながら最大限プログラムをたくさん作りながら勉強を続けようとしたが、私が持っている基盤知識の不足に気づき数学やグラフィックスを勉強した結果、時間がかなり遅れて現在もっともらしいゲームを作ることはできなかったようだ。 それでも年は一つずつ取っていくのに、こうやってずっと準備だけしてはいけないと思う。 どうであれ現在としては履歴書を返さなければならないと判断した。 履歴書を入れる基準は私が愛したゲームを作った会社なのに.. すべて錚々たる会社なので、当然私には可能性が低い。 今年ワーキングホリデービザが出たが、このビザで日本に行って色んな所に挑戦してみて経験してみる計画だ。
遅い年齢でゲーム開発者という目標を抱いて、初等学校数学から線形代数が理解できるほど勉強をしようとした結果、約6ヶ月以上かかってしまった。 途中で英語の勉強も欲を出してみて、運営体制や資料構造、アルゴリズムのようなCS的な部分も欲を出してやってみると、あまりにも板が大きくなってこれでも私でもない状況に置かれたりもした。
このように短期間でまとめて多くのことを勉強したにもかかわらず、現在は核心的な内容以外にはほとんどの概念が私の記憶から揮発してしまったが、それでもレンダリングAPIを勉強する時、たまに難しく感じられる概念も思い浮かんで学習に役立ったと思う。 もちろん浅い知識だけだから大きく活用できる知識ではないけどね..
学習は常に熱心に取り組んできたが、私の価値観はいつも混沌としていた。 時々刻々と世の中が変化するのを見ながら、私が目指す価値観についてこれが正しいのだろうか? 疑問が消えなかったからだ。
初めて準備するまではプログラミングの技術的な部分に焦点を合わせてゲームを作ることができる能力に対する目標として学習に臨んでいたが、現在はプログラミングのような技術的な部分よりは、私がどんなゲームを作るのかについてもっと焦点を合わせるようになった。 私がこのように変わった理由は、AIの発展とかみ合った現在の状況で偶然ジョン·カーマックの助言に接し、それなりに自分自身の態度を振り返り反省することになったためだ。 ジョン·カーマックはプログラミングは道具に過ぎず、価値をより重視するように言った。
よく考えてみると、私はただ良いゲームを作りたいだけで、プログラミングの技術的な部分に盲目的に集中しすぎたようだった。 私が作ったゲームは楽しむ人にも価値のある何かに近づかなければならないが、私がそのようなゲームを作るためにはプログラミングの技術的な部分も重要だが、結局どんなゲームを作ってデザインするのかについて悩まなければならなかったためだ。
それで私はこれから価値をもっと重点的に、そしてプログラミングは道具として手段と方法を選ばずに良いゲームに役に立つならば全て活用する気持ちで臨むことにした。 最近それで普段構想していたゲームをゆっくりアイデアを考える時間を持とうとしていて、いつもメモしておいている。 それなりに進展はある方だ。
もしかしたら企画が私の道ではなかったかと思うが、それでもどうせ企画もしてプログラミングも欲張った確率が高い。
状況はニートにとって大したことない人生だが、私が死ぬ前まで、長期的な計画としての私だけのゲームを構想できるという事実に常に神様に感謝する気持ちを持っている。
少し現実的な側面では.. もしかしたら私は就職に失敗するかもしれない。 私は幼い頃を他の人のように学校によく適応しながら過ごしてきたわけでもないし、そのありふれた大学さえも入学できなかったから.. しかも、私が送った20代は混沌そのものだ。 漠然とゲームにはまって生きる廃人のようだったため、履歴書に適当に書く内容さえないのが現状だ。
だが、自暴自棄な状態では決してない。 いつも失敗に慣れてきたので、挑戦を恐れない。 実は誰が聞けば笑うか分からないが、私は自分が作ったゲームでいつか創業もする計画だ。 失敗してもだ。 いつか死ぬという事実を思い浮かべれば、何でもできないだろうかと思う。 失うものがない底なので全てが新しく、私には大きな挑戦であり、大きな達成感をもたらしてくれるから.. 小さな成功も楽しい。 これから私を生きていける原動力になりそうだ。
それでも当分は就職に挑戦し続けたい。 私たちの両親にある程度自立する姿をお見せしたいし、このように一人だけの世界にいるよりはプロの世界に入るためにドアを叩き続けた方が良いと思うからだ。 私のような人を採用するかどうかは私が決めることではないので、ただ挑戦し続ければいい。 だめならそれでいいのだ。
才能や特別な能力、だからといってこれまで必死に生きてきた人生でもなかったが、私に与えられた残りの時間は必死に私が好きなことに没頭したい。

