これで、三人の子どもたちの医学部受験物語は終了です

 

3年前、三男の大学進学とともに一人暮らしになった私は

心細くて寂しくて

 

小さいころの写真を繰り返し眺めては

毎晩泣いてばかりでした

 

このまま、またうつが悪化してしまうのではという恐れ

 

ただ寂しさは少しずつ薄れ、ひとり暮らしにもすっかり慣れました

 

いろいろなことがありましたが、思い返せば私にとって

どれもがかけがえのない宝物のような日々でした

 

この大事な記憶を薄れさせたくなくて

記録をしておこうと書き始めのですが

日々の生活に紛れて、なかなか進みません

 

いっそ、人の目に触れさせれば、書き続けることができるのでは

そう思ってブログを始めることにしました

 

おかげさまで、想像をはるかに超えるたくさんの方に読んでいただき

 

フォローしていただき、いいねをしてもらい

時には暖かいメッセージまで

 

あっという間に書き上げることができました

 

心から感謝申し上げます

ありがとうございました照れ

 

医学部合格のコツのようなものを期待されて読んでくださった方には

大変申し訳ないのですが

私にはこれと言って思い浮かぶことがありません

 

ただ、3人の子育てを終えて思うことは

 

子どもにはそれぞれ伸びる時期というものがあり

子どもによって全然違うということです

 

例えばうちの子を例にとると

 

長男は

父親が不倫をして家族を捨てた中3の時

何か覚悟のようなものができ少し大人になりました

 

そしてALSという難病で闘病の末、大好きだった祖母が亡くなった高2の時

それまで野球中心だった彼の

勉強に対する姿勢がガラッと変わりました

 

次男は小学校3〜4年の時でしょうか

 

実は、次男は小学1年生の時クラスや放課後ルームで

ひどいいじめにあい

登校をしぶりがちに

小2で別の小学校に転入させています

 

そこで3年生の時出会った担任の先生が素晴らしい方でしたニコニコ

 

それまで、いじめられっ子で、引っ込み思案

太っていて運動も苦手でした

その先生に認められ、みんなの前でほめられているうちに

自信を付けた次男は

どんどん変わっていきました

 

顔つきから、体形、歩く姿勢まで

ほんとうに驚くほどでした

4年生になるころには明るく、おしゃべりな少年に

成績もぐんと伸びました

運動も得意になり、6年生で運動会のリレーのアンカーを走りました

中学受験の時は、本当によく勉強していましたね

健康を心配し

もう良い加減にやめなさい

という私と

いやだ、課題が終わるまで寝ない

という次男の間で、よく言い合いをしたものです

 

子どもというのは先生によってこんなにも変わるのかびっくりマーク

 

あの時、転校させなかったら

あの先生に出会わなかったら・・・

 

想像したくないです

 

 

三男は

私がうつ病の悪化で三度目の入院をした中2の時です

 

離婚後しばらくして、私の体調がどんどん悪化していくのを間近で見て

子どもたちはひどく動揺します 

 

このまま、自分たちは学校生活を続けることができるのか

受験や進学が叶うのか

 

さぞ不安だったことと思います

 

中学受験をいやがって塾を辞めた三男

勉強とは無縁だった三男ですが

そのころから高校受験を目指し頑張るようになりました

 

 

子どもにはそれぞれ

節目のようなものがあって

それが何かのきっかけと重なった時

大きく成長するのではないか

 

でもそれは前もって親にはわからない

ただ見守って、待ってあげるだけです

 

子育てはほんとに難しい

言い方は悪いがばくちのようで

先が見えないし思い通りにはいきません

 

何が良かったのか悪かったのか

すべては紙一重

運に任せることも多く

そういう意味では、私も子どもたちも

本当にラッキーでした

 

元夫が家を出て行ったとき、

私は将来が不安で、どうしていいかわからず途方にくれました

 

小中学生の男子3人 

 

持病を抱えた私に、きちんと育て上げることができるのか

彼らが成人になるまで、私の体と心は耐えられるのだろうか

 

 

私が大学受験に際し、子どもたちに言い続けたのは

 

勉強しなさいでも、医学部に行きなさいでもなく

 

浪人だけはさせられない でした

 

これは、経済的なこともありますが

私の病気からくる切羽詰まった感覚です

 

いつまた持病が悪化し

入院したり、収入が絶たれるかもしれない

 

そのとき、大学にさえ進んでいれば

何とかなるだろう

いざとなったら、奨学金や、アルバイト

授業料免除を受ければ、親がいなくても

学業を続けられるのではないか

浪人生ではどうにもなりません

そのために子どもたちには

少しでも早く大学に入ってもらう必要がありました

 

何学部でも

どこの大学でもいいから

(もちろん私立医学部は論外ですが)

 

とにかく現役で入ってくれ

 

子どもたちにとっては大変なプレッシャーだったと思いますが

私も必死でした

 

他の選択肢が我が家にはありませんでしたから

 

実際、長男の大学受験の直前

私の体調は最悪

 

閉鎖病棟のベッドの上で、動かない自分の身体を持て余しながら、子どもたちへの

申し訳なさでいっぱいでした

その時の苦い感情は、忘れることができません

 

受験生とはいえ家族の一員です

その家庭ごとの事情を理解し

いろんな制約の中で力を尽くす

もう高校生なのですから、できるはずです

 

この感覚は、私の実体験に基づいています

私の生家も、貧困とまでは言えませんが、経済的に厳しく兄弟は3人

浪人も、私立もだめと言われ、必死で勉強しました

そして私も弟も、奨学金と授業料免除、アルバイトで医学部を卒業しています

 

 

大学にさえ入れば何とかなるというこの感覚はもう通用しないのでは

最近そう思うようになりました

現在の大学生の置かれた、大変厳しい経済状況を考えると、

大学生が独力で何とかなる時代ではもうありません

親ガチャという言葉も流行りました

大学など高等教育の個人負担を何とかしないとこの国の未来は危うい

そう感じています

 

 

もう一つ

子どもたちが小さいころからよく仕事の話をしていました

 

これは心がけてと言うよりも

私が話したかったから

 

夕食時やくつろいでいる時間に

 

診察室で出会った患者さんや、病棟や分娩室、手術室での出来事

 

医者には守秘義務がありますので

ありのまま伝えるわけではありませんが

 

子どもたちの年齢や発達に合わせて、理解できる範囲で

 

若者の性、望まない妊娠や中絶、流産や死産、不妊治療のこと

がん治療のこと、亡くなった患者さんや家族の話 

時にはDV・性暴力や虐待の話まで

 

子どもたちは驚いたり、時には眉をひそめながら聞いていました

 

医学部に進ませようとか、医者に興味を持たせようとか思ったわけではありません

 

私が説得力を持ってできる話はそれだけでしたから

 

このことを通して子どもたちに

社会への関心をもってもらいたかった

自分とは全く違う立場の人、病気の人、弱い人、困っている人たちのことを

想像できる人間になってほしかったのです

 

 

 

親御さん方はぜひ、自分の経験や気づいたこと、日々学んでいることを子どもに話してほしいと思います

高校生になっていきなりでは難しいので、できれば小さいころから

 

 

仕事でも、日々の生活でも

困ったこと、驚いたこと、感じたこと

何でも話して共有して、一緒に考えてはどうでしょう

 

子どもたちの視線が外へ向くように

 

そして将来を考えるきっかけとなるように

 

 

 

受験の話はこれで終えますが

 

今後は日々の雑感・子育て中の思い出話など

とりとめないことをのんびりつづっていくつもりですので

 

よろしかったらまたお付き合いください

 

 

そして、これから受験本番を迎えるお子様、お母さま方

健康に気を付けて、力を尽くせますよう

陰ながらお祈りしております

 

頑張ってくださいね