まなともブログ フェアウェル企画

 

テーマ:「まなとも×私」

 

まなともというコミュニティは

自分にとってどんな場だったのか?

 

 

現バンコクメンバー

現運営メンバーだけでなく、

本帰国メンバー、元運営メンバー、

一緒にまなともを作ってきた人たちが

集結して書き綴っていきます。
 

 

ブログフェアウェル企画に込めた想い

 

 

 

今月末で

約5年半の歴史に幕を下ろそうとしている

 

バンコク駐在妻の

「働きたい」という想いを共有する場

「まなとも」

 

 

新旧まなともメンバーが

それぞれのまなともとの思い出を振り返る

ブログフェアウェル企画「まなとも×私」に

 

最後だから話せるあれこれを

あけすけに綴れたら良いなと思っていますので

 

最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

 

 

 

早速ですが

タイトルにも書いた通り

 

私はまなともの中では

「異端」な存在だったのではないかと

自負しています。

 

それというのも

私は発足から解散までを通して

終始まなともに在籍し続けており

 

そして

「働けない」状況にある駐在妻が集う

まなともに属しながらも

「働いて」いたからです。

 

 

これまでまなともに在籍されてきた

多くの方は

 

まず「はたかた」という

はたらくことについて語る機会を経て

仲間入りされているかと思うのですが

 

私はというと

発起人のまきこさんを始めとする

有志の面々が

あれよあれよという間に

コミュニティを作りあげていく様を

隣で眺めているうちに

 

気付けばそのおこぼれに与っていた

という具合です。

 

 

 

まなともが産声を上げた

5年半前の当時は

 

私の記憶している限り

休職したり有休を取ったりして

いずれか元のキャリアに戻れる状態で

駐在妻として帯同している方は少数派で

 

多くは

それまでしてきた仕事を辞めてタイに来る

という選択をされた方々でした。

 

それ故に

自分の選択や将来に悩んだり

働くことに対する思いを強く抱えながらも

 

周りもそうしてここにいるのだから

そしてここは

駐在妻は働けないタイなのだからと

 

自分の思いに蓋をして

やり過ごすより他になく

 

まなともが誕生したのには

そうした背景があったかと思います。

 

 

それからこの数年で

バンコク駐在妻の属性も大分変化し

 

特にコロナを経てからは

働き方や社会への関わり方にも

かなり多様性が広がって

 

それに伴い

まなともに求められる役割としても

働きたいという想いを

吐露し共有するという側面は

以前より薄れたように感じます。

 

 

 

こうしたまなともと

まなともを取り巻く環境の変遷を

 

途中タイを離れたりしながらも

コミュニティの比較的近くで

最初から最後まで目撃してきた

ということもさることながら

 

私がまなともの中でも

自身が正統から外れていると自負する

最たる所以は

 

「駐在妻は働けない」という現実に

合法的に抗う手段を

ずっと模索し続けてきたことです。

 

 

 

私にとって

「人の役に立てている」という実感は

 

決して大袈裟ではなく

生きていく上で

何にも代えがたい重要な感覚であることを

 

これまでの8年間に渡る

タイでのボランティア活動の中で

学んできたのですが

 

それと当時に

自分を犠牲にし過ぎないことの大切さも

学んできました。

 

無理は

いつかどこかにひずみを生み

 

自分の出来得る限り最高のものを

継続的に提供し続けていくことを

難しくしてしまうからです。

 

 

それは金銭面や時間の面でも

もちろん例外ではなく

 

写真を撮る上でも

機材や消耗品を揃えたり

それらを定期的に

メンテナンスするための費用と

 

実際の撮影に加え

その何倍もの補正に要する時間と

日々知識や技術をアップデート

するための時間といったものが

 

1枚の写真の背景には

積み重ねられており

 

そうしたものを

自己の犠牲の下に捻出していくのは

やはり限界があるし

 

より大きな規模で人に貢献し

それを社会に還元することを考えた時にも

 

それは

賢いやり方とは言い難いかと思います。

 

 

そこで

タイの方々の雇用を侵害しないという

大前提は意識しながらも

 

これまで

ボランティア活動などを通して

 

タイの法と照らし合わせて

おおよそ問題にならないのではないか

と考えられるやり方で

写真活動に必要な費用を得つつ

 

同時にその中から

支援を必要とする団体に

寄付することによって

 

「写真を撮ることを通して

人に喜んでもらいたい」

「例え微力であっても

タイ社会へ貢献したい」

という

自己実現欲求を満たしてきました。

 

 

ころころと変わるタイの法律の中で

それを継続的に行うことは容易ではないし

 

法というものは

解釈に委ねられる部分もあったり

私の理解不足が大いにあることも

容易に想像出来るため

 

これで大丈夫なのだろうかという心配は

正直なところ常に付きまとっているし

 

また

こうしたやり方を好ましく思わない方も

おそらくいらっしゃったのではないか

と思っています。

 

 

 

それでも

自分の生き甲斐を諦められない限りは

 

あらゆる可能性を探り、その時々で

最良だと考えられる方法を取ることが

自分に出来ることだと信じ

これまで活動を続けて来て

 

そんな私を

最後まで受け入れてくれた場所が

 

それが私にとっての

「まなとも」でした。

 

 

そこに戻れば

同じくバンコクで奮闘している仲間に会える

 

そんな場所がなくなってしまうのは

寂しくもあるのですが

 

月並みな表現ながら

まなともでたくさんの

素晴らしい人たちとの出会いと

そこで得た

さまざまな経験があったおかげで

今の私があり

 

それらはこれからもずっと

私の礎として

私の中から消えることはないので

 

新たな門出と捉えて

笑顔で解散の日を迎えられると思います。

 

 

最後になりましたが

これまでまなともという

バンコクでの拠り所を支えてくださっていた

全ての方に感謝して。

 

Azusa