カリブ海のカレvs瀬戸内海のワタシ

カリブ海のカレvs瀬戸内海のワタシ

あづきの日常。初めての外国人の恋人・南米産black guyアール(カレ)との恋愛、トルコ人のFなど言語交換で出会った人々、ときどき映画の感想などつづります。役に立つ情報などはございませんので、あしからず…。

恋人は、日本在住black guyのアール。バツイチ・3人の子持ちのシンママ。いいねやフォローありがとう♪♪

ちょっと休憩が必要な感じがしている。

Mの息子のことも。

それ以外も。


自覚しなくてはならない。

私は、すごく疲れてる。



仕事の締め切りが、あり得ないほどタイトである。


忙しい。



普段の仕事と、他の人の分の仕事と、イレギュラーな書籍原稿の仕事がたまりにたまっていて、もうどれから手をつけたらいいかわからないレベルである。


寝ている間も仕事をしてる夢を見る。




同僚が病んでいて、半年ほど仕事にまともに来ない。


毎週お子さんの熱か自分の体調不良でお休み。


休みの連絡のたびに

「お大事にしてくださいね」と毎日毎日ずっと言ってるけど、

そんな定型文の声かけですら、彼女へのプレッシャーになっていないか、心配になる。



中学のいじめをきっかけに不登校になって、高校、短大と休みながらもなんとか精神科通いで抗うつ剤を飲みながら卒業して、うちの会社に入社した彼女。


その時期は体調が少し良かったからと通院歴を隠して入社したけど、仕事が始まり早々にダウンした。


事情を知って、キツくない部署に異動させたけどやっぱりダメで、一度は退社したのち

数年後にパートタイマーで再入社してきた。


何とか社会に出たい、働きたい、という彼女の事情や心情を知る社長は、

「出られる日に働いてくれたらいいから」

1日4時間程度の自由出勤で採用して、彼女を私の部署に配属した。



来たら短時間の間に効率良くめちゃくちゃ働く。

ものすごく有能なのである。


一度言ったことはメモを取らず記憶して、言われたこと以上の、120%の仕上がりで仕事を完成させてくれる。


しかし、5日しか出勤できない月もある。


私は、大学生になる長女が、小学校高学年から中学卒業まで5年間、不登校だったので

彼女の苦労は他人事ではなく、とても気になるのである。



みんな、なんとか生きている。

やれる人が、元気なひとが、弱っている誰かの分、働けばいいと思う。



みんなが同じ負担をしないと不公平だと言う人が時々いるけど。

そういう人は、力のない人、弱い人の気持ちがわからない、

自分が弱ったことがなく、力はあるが優しさや思いやりや「自分が逆の立場なら?」を考える想像力に欠けた人だと思う。



みんなが同じ重さの荷物を持つのが平等だとは思わない。

力のある人は、力のない人よりも、多くの荷物を持つ。それが平等だと、私は思う。



私は多くの荷物を持てる人間、誰かから助けられるよりは誰かを助けることのできる人間になりたい、そう思う。


いずれ、老いて誰かに助けてもらわなければならなくなる。

その時は、順番だな、と思って心置きなくその誰かに甘えたい。



色々な場所で出会う子どもにも大人にも

助けが必要なのではないか?


と思うような人がたくさんいる。

親切心でどうにかなるというレベルを超えた苦しい人がいる。

そういう人を目の前にしても、何もできない、私の手は2本だけで、差し伸べる手にも限りがあるのは、本当につらい。



虐待や、痛ましいニュースが多すぎる。


それを見て、加害者に腹を立てたり文句を言うのは誰にでも出来る。

極刑を望んでも、何一つ解決しないと、私は思う。


人でなしに見える彼ら加害者は、どのような人生を生きてきて、人でなしになってしまったのだろう。


彼ら加害者に足りなかったのは何だろうか?

彼ら自身が、人生で、充分愛されてきたのだろうか?


Mは、自分の息子がいずれ事件を起こすのではないか、それが一番心配だと、言っていた。

加害者家族になりたくない、これ以上息子に迷惑をかけられたくない、そう言っていた。


私は15歳の息子くんのことを思って、帰りの車で泣けてきた。



罪を忌み嫌う、憎む感情よりも

愛という感情を育てたい。



困ったことに誰もが手を差し伸べる

優しい社会だろうか?と自分の周りを見てみる。

差し伸べられた手に感謝して生きていけるだろうか?

卑屈にならざるを得ない冷たい社会なのではないだろうか?



生きづらい、苦しさを感じている人が多い。


ギリギリまで頑張っても、それでも個人が生きていけない、苦しい時には

お隣さんや、地域や行政に頼れる、そんな優しい社会であるといいなと思い、

私はせめて親切なお隣さんでいようと誓う、ちょっと疲れた週末。


選挙に投票する政党を、どこにしようか考える週末でもある。