大傑作『私たちのブルース』感想の第三弾…人肌感覚でありながら奥深いエピソード群と凄い俳優陣を大傑作ドラマに仕立て上げたノ・ヒギョン作家・キム・ギュテ監督の脚本・演出の手腕はというと…

 

まずは物語の流れから…連続ドラマは見慣れてませんし、ましてや”群像劇”スタイルは殆ど初めてだからかもしれませんが、出だしから戸惑います。チャ・スンウォンとイ・ジョンウンが主人公である筈の第1話<ハンスとウニ その1>の話が次第に緊迫してきて気合を入れて第2話<ハンスとウニ その2>を再生すると出てくるのは、何とイ・ビョンホンとシン・ミナが赤いオープンカーに乗って海岸を疾走しながらじゃれ合うシーンではありませんか(しかも後から知りますが、その海岸は済州島ではなくインチョン(仁川)で、7年前の話だったりします)。おいおい再生を間違えたんか、と再確認したぐらいです。ことほど左様に、主に8本のメインラインの中心人物を冠したタイトルがありながら、物語は自由自在に、ストーリーライン的にも、登場人物の世代的にも、時代的にも、地域的にも飛び跳ねるように進んでいくわけです。このドラマを”オムニバス”と呼ぶのに抵抗感があるのはまさにこの点で、”オムニバス”ならもう少しそれぞれに独立性が必要だと思います。とにかくこの語り口には最初戸惑うものの、それぞれの登場人物がエピソードを超えて絶妙に繋がっていることもあって、意外にもそれぞれのエピソードを際立たせていることに、後から気づきます。上手くいえませんが、幾多の人生劇を中心から俯瞰しているような感覚とでもいうんでしょうか。このスタイルに慣れるには時間がかかりましたが、個人的には、まさに”群像劇”の大好きなスタイルだといえるでしょう。

 

その舞台の中心を済州島にしたのも巧いと思います。その適度に排他的な空間は、今の島民や一度は離れながら帰ってくる元島民、或いは流れ着いた島外民などが集う場所として様々なドラマを生み出すにはピッタリでしょう。また、五日ごとに開かれると聞く”五日市”という庶民的な市場は多くの登場人物たちが集う場面として最適ですし、海女の海中シーンは美しいですし、有名な石垣の家や対馬の習俗と言われるヤクマ塔(通りすがりに石を積んで祈る塔)といった風情も切ない物語と良く馴染んでいると思います。

 

さらに個人的には、VFXも殆ど使われない生身の人間劇を中心にしながらも、時折挟みこまれる幻想的なシーンが強烈に印象に残ります。ソナ(シン・ミナ)が苦しむ鬱病で見る幻影、ダウン症の画家ヨンヒ(チョン・ウナ)が描く何十枚もの絵、100個の月に祈りたいという幼いウンギの願い、トンソク(イ・ビョンホン)がある目的のため大火口ペンノクタム(白鹿譚)を目指して走るように登る雪に覆われたハルラ(漢拏)山…稀に描かれるだけに、こういった多少現実離れしたシーンは実に刺さったりします。

 

まぁ書きながら、これだけじゃないよなぁ、とか思っていますが、このドラマの恐ろしいほどの奥行きにはもっと様々な仕掛けがあるんでしょう。とにかく、脚本・演出・役者、どこにも文句のつけようがないので五つ星は止むを得ません。ただ、各エピソードを構成する現在もしくは回想には、万力で心臓を締め付けられる、みたいな相当に深く重苦しい要素が多々含まれていますので、ハートウォーミングなドラマ、だけとして立ち向かうのは危険ではないかと思われ、もし観るなら、ある程度は人生の”ダークサイド”に挑む気持ちを準備することは必要でしょう。それでは、そろそろ映画に戻る準備をしたいと思います。

 

ドラマを飾る楽曲について。歌っているのが、世界の<BTS>のジミン、韓国最高峰の女性デュオ<DAVICHI>、歌唱力は空前絶後<少女時代>のテヨンとか眩暈がしそうなメンツで名曲ばっかりなわけですが、個人的に2曲だけ。ドラマの冒頭を飾るのは、ポップ演歌「Whisky On The Rock」ですが、歌っているのはその歌唱力に驚愕した三人組(当時。ベラボーにキュートなナム・ギュリもメンバーの一人)<SeeYa>のイム・ヨンウン、渋い曲です。比較的明るいシーンで使われるのは、今最も注目する<aespa>の中でその伸びの良いハイトーンが絶品の二人ウィンターとニンニンがデュエットする「ONCE AGAIN」、さすがの高音域には惚れ惚れします。

 

最後に全くどうでも良い余談。ドラマの進行で最もよく登場する車は、ウニ(イ・ジョンウン)がいつも乗っている”ウニ水産”と書かれたトラックとトンソク(イ・ビョンホン)が移動販売やソウルへの仕入れで使うトラックですが、後で気づきましたがどちらもヒョンデ(現代)の”PorterⅡ”という同車種だったりします。ウニのは4ドア、トンソクのは2ドアという違いはありますが、様々なドラマの名舞台になってました…(スポンサーの関係でしょうか、ついてる筈のロゴが外されてたりします…)