キム・サンホが出てきたので少し古いですが…朝鮮戦争の惨禍に巻き込まれる小さく貧しい村の悲劇を独特の語り口で描く…「敵との初恋」

 

1950年6月、平澤(ピョンテク:ソウルから南に約80km、東京からでいうと小田原くらい)。小さな山間の村ソクチョン(石井)里で子供たちを教えるソルヒは浮足立っている。村の区長の孫娘ソルヒは隣村の区長の息子テクスと間もなく婚礼なのだ。村人たちも彼女のための衣装や輿の準備で大わらわだ。雑音だらけのラジオからはソウルが北朝鮮軍の侵攻で陥落したことを報じているが、誰も気に留めない。そんな時、隣のソドムモル村では北朝鮮軍が迫っていると大騒ぎだ。特にソルヒの婚約者テクスは反共青年団として真っ先に粛清されるので、父親ナム区長一家は息子テクスともども南へ夜逃げする。そしてソルヒが村の子供たちと「マギー若き日の歌を」を歌っていると、将校キム・ジョンウン率いる人民軍部隊がソクチョン(石井)里にやって来る。人民軍は若い男たちを徴兵し部隊に加え、村に駐屯する。ソルヒは何につけ人民軍に反抗的な態度をとるが、何故かキム隊長は彼女に寛大だ。それは10年前の話に遡る…

 

人民軍将校キム・ジョンウンに、わずか45歳の若さで事故で早世してしまった二枚目演技派キム・ジュヒョク、小学校先生で区長の孫娘パク・ソルヒに、五つ星「キム氏漂流記(邦題:彼とわたしの漂流日記)」で一気に虜になった美形チョン・リョウォン、やもめの村人チェチュンに、主演級一歩手前くらいの名優ユ・ヘジン、ソルヒの祖父で区長に、「グエムル」などのベテラン名優ピョン・ヒボン、常に強い側の手先になる隣村ペク氏に、キム・サンホ、チェチュンの友人ポンギに、名脇役シン・ジョングン、チェチュンにホレている未亡人スウォン(水原)宅(スウォンから来た嫁、くらいの感じ)に、美熟女ヤン・ジョンア、残虐な人民軍小隊長に、本当は二枚目ユ・ハジュン、幼い人民軍兵士トンウに、時を経ず主演級に上り詰める若きイ・デビッド。特別出演では、ソルヒの母親に、色っぽい美熟女キム・ボヨン。

 

ここで何度も書いていますが、韓国映画のポスターと無責任な邦題は、しばしば凄まじく内容を勘違いさせますが、本作の場合はそれが最も顕著な例だといえるでしょう。朝鮮戦争が始まった直後、破竹の勢いの北朝鮮人民軍がのどかな村にやって来る、二枚目の隊長はこの村の若く美しい女先生と10年前に或る因縁を結んでいる…このシノプシスでこのポスター、さらに”初恋”のつく邦題、これだけ揃いながら、この展開かい、と悶絶する観客は数えきれないくらいいたに違いありません。決して映画を貶しているわけではありません。良く出来た作品で、特に役者は絶品です。苦悩する二枚目人民軍将校キム・ジュヒョク、常に気丈な美しい女先生チョン・リョウォン、素朴で懸命な村人、特にやもめユ・ヘジンと未亡人ヤン・ジョンアなど見事な演技を見せてくれます。だとしても、事前の気持ちの準備なくして映画の終盤を迎えるのはかなり危険な行為と言わざるを得ないでしょう。ちょっとネタバレ的にいうと、毎回楽しみに観ていた『茶母(タモ:チェオクの剣)』の最終回を観た時のことを思い出してしまいます。

 

結果的には、五つ星「小さな池」のように戦争の不条理を描いた秀作だといえるのですが、残念ながら、気の持ちようからすると到底五つ星というわけにはいかないでしょう。キム・ジュヒョク、チョン・リョウォン、ユ・ヘジンあたりのファンが見逃すのは絶対に惜しいとは思いますが、思い通りの展開にはならない、だろうと心しながらご覧になることを強くお勧めします。

 

ちなみに、劇中重要な役割を果たす歌「マギー若き日の歌を(原題:When You And I Were Young,Maggie(韓国題名:マギーの追憶(메기의 추억))」ですが、奇しくもアメリカ最大の内戦、南北戦争終盤の頃に詩人ジョージ・ジョンソン(George W. Johnson)が書いた詩から生まれていて、ストーリーを重苦しく彩ることになります。

 

地理的時間的な補足。朝鮮戦争は1950年6月25日勃発、僅か三日後の6月28日ソウル陥落という電撃作戦なので、80kmしか離れていない平澤(ピョンテク)も数日で北朝鮮軍に侵攻されたと想像されます。逆に、仁川も近いので国連軍の反攻9月15日仁川上陸作戦後は、時を経ずして国連軍に解放されたんだろうと思われます。