つながりを無視しますが、美味しそうな作品に思えたので…”母の味”を軸に据えて、母息子の切ない日常を丁寧に描いて秀作…「お料理帖 ~息子に遺す記憶のレシピ~」

 

ヒョニネ総菜店の屋上には、甕がたくさん並んでいる。店主の老婆エランは、これはコチュジャン(辛子味噌)、これはテンジャン(味噌)、と手際よく店を手伝う友人ユンジャに教えている。頭が良い、と褒めるエランに、最近は物忘れが多い、とレシピで埋まった手書きのノートを見せる。そこには、魚嫌いの孫ソユルに食べさせようとツナの臭みを醤油味で隠した”ソユルのおにぎり”なども丁寧に書かれている。大学の文学部非常勤講師の息子キュヒョンは居酒屋で友人チョンホと飲んでいる。来年も今の職を継続できるか心配するキュヒョンに、チョンホは教授職の空いた大学への応募を薦める。帰り道、二人はエランの家に寄り、エランのトンチミククス(동치미국수:キムチ汁素麺)を馳走になる。酔い覚めには最高で、付け合わせのホバクジョン(호박전:南瓜チジミ)も絶品だ。キュヒョンはそのまま寝込んでしまい、翌朝自分の家に帰ると妻スジンの機嫌が悪い。スジンは自宅で生徒を教え、夫の少ない稼ぎを補っているのだ。そんな時、エランに変調の兆しが見える…

 

ヒョニネ惣菜店を営むエランに、老婆を演じれば一級品イ・ジュシル、エランの息子で非常勤講師キム・ギュヒョンに、渋い二枚目イ・ジョンヒョク、キュヒョンの妻スジンに、いつもの可愛い役に反して今回は鬼嫁キム・ソンウン、エランを手伝う気の良いユンジャに、こういう役はぴったりキム・ソンファ。特別出演では、キュヒョンの友人チョンホに、ここでも絶賛イ・ジュニョク、キュヒョンの妹ヘウォンに、キュートなイ・ヨンア。

 

格差社会を可愛く風刺した「犬どろぼう完全計画」キム・ソンホ監督作品ですが、今回は”母の味”を骨格に老いと親子を描いて秀作だと思います。グルメ作品とは違い、美味しそう、というより懐かしそう、と感じる数々の料理を背景に、認知症を深めていく母親と、その母親と距離を置く息子の切ない日常を追った作品ですが、エンドロールに並ぶ(多分)202人のクラウドファンディング出資者の名簿からして、恐らく、多くの共感を呼ぶような原案となったノートがあったんだろうと想像します(映画公開とほぼ同時期に同名書籍が発売されてるようです)。

 

必ずしも目新しい驚きがあるわけではありませんが、きちんと構成され、雰囲気作りも見事、役者も巧く、エンディングでは思わず涙ぐんでしまう良質の作品だと思います。親のことを忘れそうになった時などにふと観てみるのもアリでしょう。

 

ちなみに「ヒョニネ(현이네)」という店名が良く分からなかったんですが、ただ、登場するスンヒョン(숭현)君たちの名前にちなんで、”ヒョン君の家”くらいの意味ではないかと想像しています。違ってるようならご指摘いただけると幸いです。