イム・ソンミつながりで…聞こえない、声で話せない女性が連続殺人鬼と出くわして過ごす恐怖の一夜を圧倒的な肌感覚で描くサスペンスの秀作…「殺人鬼から逃げる夜」

 

深夜の工場前。若い女子工員が呼んだタクシーに向かうと、同僚たちがさっさと乗り込んで行ってしまう。仕方なくとぼとぼ人気のない道を歩いていると黒いバンが近づいてきて、「乗らないか」と若い男が声をかける。女は断り歩み去ろうとするがしばらく行くと呼ぶ声が聞こえる。女が戻ってバンを覗き込むと男が血まみれで縛られており、そして女もバンに引きずり込まれる。やがてパトカーが来る。若い男が呼んだのだ。外国人労働者が人を襲うのを見たと言う。警官たちが草むらを覗くと男女のめった刺し遺体が見える。若い男は密かにほほ笑む…通販会社のコールセンターの一角”手話相談センター”。”ろうあ”のキム・ギョンミは顧客の手話による相談に応えている。中には中指を立てる客もいるが、中指を立て返して応える。ある日、警備会社に勤めるチョンタクの家では、妹ソジョンの門限とスカートの長さでいつもの喧嘩だ。キョンミは会社の接待に同席し、分からないことをいいことに手話で中年男たちを罵って楽しんでいる。夜が更け、再開発で住人が大幅に減った町では、あの殺人鬼が帰宅途中のソジョンを襲い路地に連れ込む。一方、同じく”ろうあ”の母親と待ち合わせるキョンミは、路地からソジョンが助けを求め投げて転がるハイヒールを訝(イブカ)しむ。こうして、殺人鬼から逃げまどう恐怖の一夜が始まったのだ…

 

手話相談センターに勤めるキム・ギョンミに、どこかで見たと思ったら「リトルフォレスト」キム・テリの親友役が魅力的だったチン・ギジュ、連続殺人鬼に、二枚目が怖いウィ・ハジュン、警備会社チョンタクに、男くさいパク・フン、キョンミの母親に、迫力の演技派脇役キル・ヘヨン、チョンタクの妹ソジョンに、10代から子役出身の美形キム・ヘユン、冒頭の被害者に、イム・ソンミ。

 

「暗くなるまで待って」のヘプバーンは見えないというハンディの中、暗闇を使って犯人と対等、あるいはそれ以上の優位を得ようとしますが、耳が聞こえないハンディはそうはいかないところがこの映画の恐怖の根源にあるでしょう。まず脚本が恐ろしく良く練られていて驚きます。地下駐車場で話が終始するかと思いきや、廃墟のような無人の町、さらには、密室である交番や人があふれる繁華街も使って繰り広げられる襲撃・逃走劇は圧倒的なサスペンスを生み出していきます。そのシーソーのような攻防は、時には、殺人鬼側を心配してしまうほど起伏の激しいもので、その脚本の力量には舌を巻きます。さらにヒロインを演じるチン・ギジュが見事で、手話を操り、必死で逃げ、反撃する演技は圧巻でしょう。

 

やはりハンディキャップとサスペンスの間で、エンタメとして享受するには幾分の逡巡もあるので五つ星は見送りますが、映画としての出来栄えだけで観るなら、文句なしの五つ星だと思います。特に、クライマックスの収め方は、こう来たか…と呆然となったりします。