もう一本、大麻禍を乗り越えた名脇役オ・グァンノク作品を…静かに日常を追うことで、脱北者女性とボクシングの出会いを淡々描く…「ファイター、北からの挑戦者」

 

夕闇の海辺。脱北者チナは打ち寄せる波で顔を洗い、涙を隠す…数か月前。脱北者チナは、支援センターから新しいアパートに案内される。脱北者なので50万ウォンの内30万ウォンが補助されるという。チナは脱北を斡旋したピョリに連絡する。父親がまだ中国に残っているが、ピョリは手配しているから心配するなと言う。チナはピョリの口利きで町の小さな食堂に職を得て、配膳や洗い物で必死に働く。脱北のために多額の借金があるのだ。しかしなかなか借金は減らず、ピョリに掛け持ちできる仕事を頼む。ピョリが持ってきたのは、ボクシングジムの雑用係だ。ここでも真面目に働くチナだが、そこでは、練習生だけでなくダイエットのための女性会員もいて、チナは羨ましそうに彼女たちを眺める。そんな彼女にトレーナーのテスは、暇な時間にボクシングを教えてやる、と声をかける。こうして、チナはボクシングと出会う…

 

脱北者ボクサーのリ・ジナに、端役でしか見たことのないイム・ソンミ、ボクシングジムのトレーナー、テスに、素朴な感じの二枚目ペク・ソビン、寡黙なジム館長に、実に渋いオ・グァンノク、チナの母に、ドラマには殆ど出ない映画女優イ・スンヨン、その夫に、社会派系への出演が多いキム・ジェロク、中学生娘に、キュートなパク・ソユン、金持ち女ボクサー、ユンソに、美形キム・ユンソ。

 

ボクシングが主題でありながら、実に静かな映画です。撮影は、社会派ドキュメンタリーみたいな、手持ちカメラによる揺らぐ画面と、部屋の掃除、食堂やジムで仕事ぶり、ボクシングの練習などを台詞なしにじっくりと追う手法で、脱北者の孤独と不安を丁寧に描いています。さらに、先に脱北し新しい家族を持つ実母や、中国に残したままの父親の存在が、さらに彼女の心を揺らす辺りの語り口も巧みだと思います。個人的には、韓国映画ではありがちな彼女を食い物にしようとする悪人が殆ど登場せず、特に、トレーナー、ペク・ソビン、館長オ・グァンノクが口数少なく彼女を支える人物像は好感です。映画が始まって長らく無表情を続けるチナが、ボクシングと出会い、夜、寝床で初めて一人微笑むシーンは圧倒的に感動的だったりします。

 

残念ながら熱血スポ根ものみたいな派手な展開を期待すると裏切られるでしょうから、どちらかといえば、静かな映画好き向きだと思われます。こういう映画も良いなぁ、といった感じの文芸小品だと思います。

 

ちなみに、映画の冒頭に掲げられる箴言は以下の通り。「사랑이야말로 우리의 진장한 운명이다.혼자서는 삶의 의미를 찾을 수 없다.삶의 의미를 다른 이들과 함께할때 찾아지는 것이다.(愛こそ真の運命だ。一人では生きる意味は見つからない。他者と共に見つけるものだ。)」アメリカの修道司祭トーマス・マートン(토마스 머튼)の言葉だそうです。