チョンウに惚れ込んでもう一本…韓国の伝承説話「興夫伝(フンブジョン)」をモチーフに二組の兄弟を風刺精神と哀愁たっぷりに描く時代劇…「王の預言書」(흥부:글로 세상울 바꾼 자(フンブ(興夫):文で世の中を変えた者))

 

1848年、朝鮮24代王ホンジョン(憲宗)14年。重税に苦しむ反乱で世の中は乱れ、王宮も外戚勢力同士がしのぎを削る中、「真人」が現れ朝廷を覆す、と説く「鄭鑑録(チョンガムノク)」が民間で密かに読まれていた。そんな頃、ヨン・フンブは男女を描くいわゆる”淫乱小説”で人気を得ていた。ふらりと訪れた放浪詩人キム・ビョンヨン(筆名:キム・サッカ)は、お前は民を動かすものを書くべきだ、と説教する。彼から、幼い頃に生き別れずっと探している兄ノルブが反乱軍で弓の名手としてお尋ね者となっていることを聞いたフンブは、反乱軍に通じているというチョ・ヒョクを訪ねる。彼は刑曺判書チョ・ハンニの弟で、良家の出でありながら粗末な小屋で貧しい子供たちを集めて暮らしている。そんな時、豊かな兄ハンニは弟ヒョクたちが細々と耕していた山の土地まで取り上げると言う。兄に抗議に行くが、宮廷での権力争いに忙しい兄ハンニは相手にもしない。そんな時、フンブはそのハンニから、ハンニこそ「真人」であり天下を取る、という「鄭鑑録(チョンガムノク)外伝」を書くよう依頼される。そしてこのことが二組の兄弟を激しい運命の渦に巻き込んでいくのだ…

 

小説家ヨン・フンブ(興夫)に、名演チョンウ、貧しい者たちの味方チョ・ヒョクに、この映画の公開を待たずして早世する名優キム・ジュヒョク、チョ・ヒョクの兄で強欲な刑曺判書チョ・ハンニに、今回は悪役の名優チョン・ジニョン、若き王ホンジョン(憲宗)に、後に「ユ・ヨルの音楽アルバム」で主演の清々しい二枚目チョン・ヘイン、ハンニの政敵兵曹判書キム・ウンジプに、今回は大物悪役キム・ウォネ、放浪詩人キム・サッカに、「裏切りのバラ」で名演チョン・サンフン。特別出演では、フンブの男装の弟子ソンチュルに、もはや名女優チョン・ウヒ。友情出演では、反乱軍の弓の名手カクキことフンブ(興夫)の兄ノルブに、アラフォーでますます魅力的チング。

 

まずは「興夫伝(フンブジョン)」について少し…朝鮮王朝も終わりも近い18世紀頃ハングルで書かれた民間説話で、貧しく正直な弟フンブが善行で豊かになり、それを真似した強欲な兄ノルブが落ちぶれるという、韓国版”舌切り雀”みたいな話のようです。本作では、フンブが自分たち兄弟の名を使い、宮廷重鎮で欲深い兄と民衆の味方の弟の逸話を面白おかしく描く、という風に二組の兄弟の話として再構成しています。巧い脚本だと思います。韓国時代劇に多いスペクタクルな場面はごく僅かで、感じとしては、このまま舞台劇として通用すると思えるくらい静的な魅力の出来栄えになっています。監督はチョ・グニョン、共に五つ星「26年」「アトリエの春」の監督で、なるほど静かな絵作りが巧い筈です。それだけ、役者の力量が如実に顕れる、ともいえるでしょう。個人的には、チョンウ、キム・ジュヒョクは勿論として、若くして悩む王を演じるチョン・ヘインと、狂言回し的に画面を明るくするチョン・ウヒが見事だと思います。

 

残念ながら、こんな簡単に民(タミ)が主(アルジ)の政(マツリゴト)が実現すると信じる歳ではないので、素直に楽しめない部分もあって五つ星とはいきませんが、風刺精神にあふれた人情噺として十分な評価に値すると思います。

 

余談。冒頭、フンブの家に「文房四友」という欄間額が登場し、友人キム・サッカ(サッカは放浪を意味する”編み笠”の意味だとか)は、”四友”とは「紙・筆・墨・硯」だと言いますが、フンブは「酒・音楽・女・想像力」だと言い返します。なるほど…

 

もう一つ余談。ある洒落たシーンで唐突に「沈清伝(シムチョンジョン)」の名前が出てきます。やはり18世紀ころ成立した孝行娘の説話ですが、チョン・ウソンの「愛のタリオ」のモチーフになっていますし、何より最高傑作「風の丘を越えて」でパンソリとして登場するので、少し頭の片隅に置いておくとより楽しめるかもしれません。