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クリスマスに一人映画かぁ、とか呟いたりしながら、ふとシネマートに足を運びました。窓口で千円札を2枚出すと「二人ですか?」と聞かれます。何と、今日は「シネマートデイ」で千円均一でした。ラッキー…加瀬亮を主演に迎えたホン・サンス監督長編第16作、「自由が丘で (原題:自由の丘)」。

BCN語学学校。病気で休んでいた韓国人女性クォンが久しぶりに現れると、同僚教師が日本人から預かったという手紙の束を渡す。かつての恋人、日本人モリからだ。1枚目には「今、飛行機は、ソウルに向かって降下している」とある。愛するクォンが忘れられず、会いに来たようだ…ソウルに着いたモリは、桂洞(ケドン)にあるゲストハウス"ヒュアン(休安)"に落ち着く。クォンのアパートから5分の距離だ。クォンのアパートを訪ねたが留守なので、することのないモリが、近くのカフェ"JIYUGAOKA8丁目"で吉田健一「時間」を読んでいると、オーナーのヨンソンが流暢な英語で声をかけてくる…語学学校を出たクォンは、階段でふらつき、手に持った手紙の束を落としてしまう。クォンは散乱してしまった手紙を拾い集め、カフェ"JIYUGAOKA8丁目"に腰を下ろし、順番がバラバラになってしまったモリの手紙を読み始める…飲み屋。迷い出てしまった愛犬クミ(夢)を見つけてくれた礼に、ヨンウンがモリにワインを振る舞っている。モリは、乱暴な恋人クァンヒョンと別れた方が良い、と諭す。プロデューサーのクァンヒョンとは、ヨンウンが女優だった頃からの腐れ縁なのだ。ワインの酔いで二人は妖しい雰囲気だ…クォンは手紙を読み進める…モリが散歩していると、カフェで見かけた犬のクミが町を彷徨っている。モリはクミをゲストハウスに連れ帰り、必死に捜していたヨンウンに知らせる。ヨンウンは大喜びだ。モリは、ゲストハウスで知り合いになったサンウォンに連れられ、経理団(キョンニダン)に向かう。目指すのは、韓国人女性と結婚した白人が営む飲み屋だ。韓国人女性を妻に迎えた彼は実に幸せそうで、モリは羨ましい…クォンは手紙を読み進める…モリは、クォンのアパートのドアに「連絡が欲しい」とメモを貼っているが、今日も読んだ気配はない。"JIYUGAOKA8丁目"でコーヒーを飲んでいると、ヨンウンがケーキを持ってくる。注文していないと言うと、サービスだと言う。その時、隣の席にいた男が「俺もケーキが欲しい」と言う。ヨンウンの彼氏クァンヒョンだ。不愉快な彼の言動に、モリは店を出る…クォンは手紙を読み進める…ゲストハウス"ヒュアン"で、モリは女主人クオクと話している。モリは2年前までBCN語学学校に勤めていて、その時の同僚で恋人のクォンが忘れられず、ソウルに会いに来たのだと言う…モリの、順番がバラバラになってしまった手紙は続く…

恋人クォンを求めてソウルに来た日本人青年モリに、ホン・サンス監督とは対談で知り合ったという加瀬亮、カフェ"JIYUGAOKA8丁目"女主人ヨンソンに、ホン・サンス監督作品は4作目の韓国映画界きっての演技派女優ムン・ソリ、モリの元恋人で手紙の読み手クォンに、監督作品3作目のソ・ヨンファ、ゲストハウスの居候サンウォンに、ホン・サンス監督とはデビュー作「豚が井戸に落ちた日」以来の長い付き合いキム・ウィソン、ゲストハウス"ヒュアン"の女主人クオクに、「裏話 監督が狂いました」ではホン・サンス監督作品出演ネタで笑わせてくれた超の付く名女優ユン・ヨジョン、ゲストハウスに転がり込んで来る若く美しい娘ナミに、前々作「誰の娘でもないヘウォン (邦題:ヘウォンの恋愛日記)」では主演の長身美形チョン・ウンチェ、その父親に、ホン・サンス監督作品は5作目のベテラン名優キ・ジュボン、ヨンウンの傲慢な恋人クァンヒョンに、前作「私たちのソニ (邦題:ソニはご機嫌ななめ)」に続いてのイ・ミヌ。

パンフレットにはいくつかの評が載っていますが、女優でモデルの菊地亜希子さんは「バラバラになったものは、ふつう順番に並べ直すものでしょ。でも、その『ふつう』をやめたとたん、ココロとカラダがふわりと軽くなった。(後略)」と書いています。感想は自分の言葉で残すべきで、他人のものを使うのはルール違反だと分かってはいますが、この評が余りに適切に言い当てているので、引用させていただきました。まさにその通り。バラバラになった手紙の順番で進む物語の新鮮さは、余りにも鮮烈です。勿論ホン・サンス監督ですから、非日常的なことが起こる筈もなく、相変わらず酒のシーンばっかりですが、その順番を無視した物語がもたらす、軽い目眩のような不思議な浮揚感は滅多に味わえるものではないと思います。役者では、加瀬亮でしょう。「くだらない男たちに共感できる」とホン・サンス監督に傾倒しているだけあって、まるで何本も出演してきたかのように画面に馴染んでいながら、一方では、新顔でしかも日本人であるという新鮮さが、ホン・サンス監督作品に新たな光を加える名演だと感じます。他のメンバーは、お馴染みさんばかりなんですが、その安定感があってこそ、加瀬亮の存在感が光っているということも忘れてはならないでしょう。

「女は男の未来だ」星一つの不幸な出会いから8年余り、劇場にまで足を運ぶようになるとは思いもよりませんでしたが、どうやら、すっかりホン・サンス作品に毒されてしまったようです。くやしいながら、五つ星とせざるを得ません。

この作品は、DVDが出れば絶対もう一度観なければなりませんが、その時に備えてのメモ。パンフにある加瀬亮のインタビューでは、(クォンが散乱した手紙を拾いあげた時)「1枚の手紙は気がつかれず拾われませんでした」とあります。気づきませんでしたが、確かに、思い返すと、とある出来事が映画では描かれていません。実に洒落た仕掛けですし、DVDで絶対確認したいと思っています。ちなみにパンフですが、ホン・サンス監督や加瀬亮のインタビューも読みごたえがあって、実に価値のある400円です。必読だと思います(もっとも、「シネマートデイ」のおかげで800円もおまけして貰ったんですが…)。

ついでに、懺悔を一点。邦題「自由が丘で」を見た時、原題が「自由の丘」だったので、勝手に日本人に媚びた邦題にしたんだ、と憤慨しました。しかし、映画に登場するカフェは"JIYUGAOKA8丁目"という実在するカフェ・チェーンで、タイトルの「自由が丘」で何の不思議もありません。不明を恥じ入る次第です。ついでに、舞台となるゲストハウス"ヒュアン"も、チョンノ(鍾路)区ケドン(桂洞)81に実在し、住所も本物で、立派な紹介・予約サイトもあります。また、BCN語学学校も実在します。