KOFICの統計によれば、今年1月に封切られ、劇場だけで60億円超、860万人超を集めて、韓国映画史上12位(現在)の大ヒット、間もなく日本でも公開される人情コメディの大傑作、「怪しい彼女」。
女性を球技のボールに例えると、10代の女性はバスケットボールだ。男たちが空中に舞ったボールを取り合うのだ。20代の女性はラグビーだ。ボールを持った男を目指し他の多くの男がタックルする。30代の女は卓球だ。ボールを追う男は著しく減る。中年の女はゴルフだ。一つのボールは一人の男しかプレイしないし、男は、ボールを出来るだけ遠くに飛ばそうとする。そして、その後はドッジボールだ(ブログ注:韓国語ではピグ(避球)。つまり、ボールを避ければ勝つ球技なのだ)…大学では、老人学のパン教授がageism(老人差別)について講義している。老人の印象について問うと、若い学生からは、皺・しみ、囲炉裏、亀、黴臭い、厚顔…と散々だ。パン教授は、いつまでも若いつもりか、とあきれ顔だ。パン教授の母親70歳オ・マルスンは、老人専門カフェで、マスターのパク氏とおしゃべりしながら働いているが、パク氏に色目を使う天敵オクチャが現れる。息子が医者だと自慢する派手ばあさんだ。マルスンとオクチャはひとしきり罵り合い、やがて、掴み合いのケンカになり、パク氏も巻き込まれ鼻血を出してしゃがみ込む。パク氏が家で鼻血を押さえていると、マルスンが現れ見舞いの桃を置いて立ち去る。パク氏は、かつてマルスンの使用人で、まだマルスンを想っている。パク氏はマルスンの後を追い、バイクに乗せ送っていく。その頃、芸能プロダクションSYJでは、プロデューサのハン・スンウが、才能のない若者たちに溜め息をついている。家では、マルスンが息子パン教授の嫁エジャの料理に文句をつけている。エジャは音楽にうつつを抜かす息子チハに文句を言うが、マルスンは孫息子には甘く、小遣いを渡す始末だ。ぐうたらして職につけない娘ハナのこともあり、心臓の弱いエジャは薬に頼る毎日だ。閑散としたライブ・ハウス。チハのパンク・バンドが演奏するが、その出来は酷い。ボーカル女は、パン・ジハ(半地下)という名前が悪いと開き直る。マルスンが家に帰ると、嫁エジャが倒れている。パン教授の友人の医者は、心臓の状態が悪化し、ストレスは禁物だと言う。パン教授は、娘・息子と、母マルスンを老人ホームに入れる相談をしているが、マルスンはそれを立ち聞きしてしまう。老人ホーム行きを覚悟して落ち込むマルスンだが、さらに不幸は重なる。貧しい頃、世話になりながら裏切った恩人の娘が、マルスンを訪ねてきて掴みかかってきたのだ。マルスンは、詰(ナジ)られるままだ。バス停で涙にくれるマルスンだが、孫息子チハから腹が減ったと電話が入る。ご馳走しようとホンデ(弘大)駅で待ち合わせをしたマルスンだが、ふと目を上げると「青春写真館」の看板が目に入り、思わず店に入る。店主と美しかった頃の昔話をしながら化粧するマルスンだが、遺影を撮るつもりだ。店主は、50歳若く撮ると言い、シャッターを押し、ストロボが光る…店を出たマルスンだが、目の前でホンデ(弘大)行きのバスが出てしまう。マルスンは疾走し車の行き交う車線を渡り、バスを追いかけ、無理矢理停めて乗り込む。ほっと息をつくマルスンだが、柄の悪そうな若者がちょっかいを出してくる。馴れ馴れしい口調に激昂するマルスンだが、男のサングラスに映る自らの姿に仰天し、絶叫する。そこに映っているのは、若い娘だ。マルスンは薬局に飛び込み精神安定剤を求めるが、そこには、あの芸能プロデューサのハン・スンウがいる。マルスンは急いで写真館に戻るが、そこに写真館はなく中華料理屋「青雲飯店」だ…こうして、マルスンの人生は、50歳若返ってリスタートするのだ…
(ブログ注:冒頭の小話ですが、最近セクハラ発言が問題になることも多く粗筋から除くことも考えましたが、この作品を作った映画人を思い、敢えて書きました。不快な思いをされる女性も多いとは思いますが、苦渋の選択としてご容赦いただければ、幸いです。全然面白くない小話ですが、ドッジボール(避球)の部分では、少し笑ったかもしれません。反省します。)
70歳の口うるさい婆さんオ・マルスンに、これまで「熱血男児」「ハーモニー」などの五つ星作品を見せてくれた大尊敬ナ・ムニ、オ・マルスンの20歳の化身オ・ドゥリに、彼女もまた「ロマンチック・ヘブン」「サニー」など五つ星作品を届けてくれた名子役出身シム・ウンギョン、マルスンに惚れる老人パク(朴)氏に、映画・演劇でそうそうたる経歴を持つ生きた韓国芸能史パク・イナン、マルスンの息子で老人学の教授パン・ヒョンチョルに、『パリの恋人』で知って以来のファンで最近ものすごく芸の深さを見せてくれる名脇役ソン・ドンイル、マルスンの息子嫁エジャに、「地球を守れ」で初めて見て強烈な印象を受けた脇役ファン・ジョンミン、若くなったマルスンに思いを寄せる芸能プロデューサ、ハン・スンウに、誠実そうな二枚目イ・ジヌク、マルスンの音楽狂いの孫息子パン・ジハに、歌も楽器もお得意でしょう人気アイドルグループB1A4のチニョン、ヒョンチョルの友人医師に、韓国映画界でもっとも多作を誇る名脇役チョン・インギ。特別出演では、若いパク(朴)氏に、「隠密に偉大に」で名演の二枚目キム・スヒョン、マルスンを若返らせる謎の写真屋に、同じ監督の「トガニ」では禍々しい悪役を演じたチャン・グァン。
心と体が入れ替わったり、若い体に年寄りの心、年老いた体に若い心、といったとりかへばや物語は映画の定番ですが、それでも本作は、圧倒的な出来ばえです。このファン・ドンヒョク監督、よほど相性が良いのか、これまでの2作「マイ・ファーザー」「るつぼ(トガニ)」はいずれも五つ星です。ただ、その余りにも重い作風は、尊敬はしても、決して、好き、とは言い難いものです。しかしながら本作は、実は確かに重いテーマを描きながらも、そのいかにも映画的なエンタメ性の鮮やかさは別人かと思わせます。前二作では、大鉈(オオナタ)でぶった切るような料理法だったように思いますが、今回は、繊細な和包丁さばきを見せているかのようです。個人的には、ファッションと音楽です。70歳の心を持つシム・ウンギョンのヘップバーン・カットをはじめとする、時には婆臭く、時にはレトロなファッションは驚異的ですし、「プリティ・ウーマン」のテーマや後で書きますが1970年代の歌謡曲の使い方も驚くほど見事です。ついでに云えば、うら若きシム・ウンギョンに口走らせる下ネタも、適度に、いや、過度に散りばめられ爆笑できます。とは云え、この作品のコアは役者でしょう。とにかく、ナ・ムニとシム・ウンギョンです。序盤で、ナ・ムニが生臭い老婆像を作り上げ、中盤以降シム・ウンギョンがその老婆像を引き継いでまさに「怪しい」20歳女性像を作り上げる、この二人の力量はいくら絶賛しても足りないでしょう。実際53歳違う二人の女優の協業によって作り上げられたオ・マルスンという女性像は、空前絶後のインパクトをもたらしていると思います。ただ、この二人に頼るだけの映画ではない所が、また凄いのです。老マルスンに思いを寄せる大名優パク・イナン、マルスンの息子を演じるソン・ドンイルをはじめとして、マルスンの嫁、孫息子、孫娘、老いた恋敵、嫉妬するパク氏の娘、芸能界の人々、などなど、多彩な演技陣が物語に深い趣を与えていると思います。
勿論、五つ星です。まぁ、還暦まで秒読みノスタルジー好き爺の評価でしかありませんので参考にはならないでしょうが、人情噺としても良くできていて、ラスト数分は涙にくれてしまいました。エンディング・ロールが流れ終わる最後には、こんな一文が流れます。「世の中の全ての母親たちに、この映画を捧げます。貴女は美しい。愛しています」。
音楽に関するメモ。初めて老人会でマルスン(ドゥリ)が歌った曲は、1976年チェ・ウンオク「雨水」。マルスン(ドゥリ)たちが路上で披露し注目されるきっかけになったのは、1978年セセムトリオ「ロサンゼルス(羅城:ナソン)へ行くと」。初めてのTV番組で歌ったのは、1976年キム・ジョンホ「白い蝶」。いずれも、現代にも通じる名曲だと思います。