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「誤発弾」を観たり、EMYさんに紹介いただいたYouTube"Korean Classic Film Theater"に関する情報に触れ、急に思い出したのが本作です。かなり前に多分衝動的に買ったVHSですが、前出の韓国映像資料院歴代100選の5位にあり、埃を払って観ると、全く期待を裏切らない名編、「荷馬車 (原題:馬夫)」。

ソウルの下町。一人の学生が自転車に乗って全速力で駆けていく。その後ろを、「自転車泥棒だ! 捕まえてくれ!」と叫びながら男が走って追う。曲がり角、学生は通行人とぶつかり転倒、自転車を乗り捨て、走って逃げる。学生は、曲がりくねった路地を逃げ、バラックのような自宅に帰ってくる。末っ子で次男のテオプだ。家に入ると、嫁いだ筈の口のきけない姉で長女オンニョが帰って来ていて、土間で藁を切っている。喫茶店では、次女オッキが、友人ミジャから、もっと稼げるから、と喫茶店を辞めるよう勧められている。彼らの父親で馬夫(荷馬車引き)のハ・チュンサムが、仲間たちと馬主で社長の屋敷に戻ってくる。その日の稼ぎを上納するためだ。社長の家では、社長が妾と飲んでいて、馬夫たちの馬を売ってしまう相談をしている。屋敷には、スウォン(水原)出身のためスウォンテ(宅)と呼ばれる寡婦で37歳の家政婦がいて、主(アルジ)に馬夫たちの到着を主に告げるが、社長は、酒がまずくなるから待てと言う。馬夫たちは、優しく女盛りのスウォンテに興味深々だ。チュンサムが水道の水を飲みにいくと、スウォンテが、水ならお持ちするのに、と碗を持ってくる。チュンサムが口をつけると、何とそれは酒だ。スウォンテはチュンサムに好意を持っているのだ。そこへ社長と妾が現れる。馬夫たちは今日の上がりを手渡すが、社長は、少ないと不満だ。荷物運搬には、トラックやサイドカー(荷台付きオートバイ)が、次第に台頭してきているのだ。オッキが働く喫茶店に彼女に思いを寄せるチャンスがやって来てオッキのことを尋ねるが、オッキは店を辞めたという。家の前では、チュンサムが末っ子で学生のテオプを怒鳴りつけている。喧嘩に明け暮れ傷だらけで、勉強をしない末っ子が心配なのだ。その怒声を聞きつけた長男スオプは、戻ってきた姉オンニョを部屋に隠す。戻ってきた姉を見ると、父チュンサムが怒るからだ。次女オッキが夕飯を運び、喫茶店を辞めたと告げると、父チュンサムはますます機嫌が悪い。ところが、ご飯の炊き方が今日に限って美味い。チュンサムが指摘すると、スオプは姉オンニョが帰って来たと告げる。チュンシクは怒るが、スオプは、姉の夫の浮気と暴力が原因だと姉の肩を持つ。チュンシクは腰が痛そうだ。スオプは、自分が馬を引くというが、チュンシクは、四度目の司法試験挑戦が間近いスオプに、勉強に専念しろと頑(カタク)なだ。スオプは、チュンシクにとって自慢の息子なのだ。翌朝、家に金貸しのキム・ソギが借金4万ファンの催促に来る。金貸しは、オッキに思いを寄せるチャンスの父親だ。金のないチュンサムは、待ってくれと言うしかない。金貸しは、スオプが司法試験に受かる筈がない、と冷たい。馬を引いて出かけようとするチュンサムだが、長女オンニョに気づく。オンニョの肩には、夫から受けた傷が見える。チュンサムがオンニョを連れて嫁ぎ先に出向くが、夫は下着姿の浮気女を台所に隠す。浮気夫を責めるチュンサムだが、浮気夫は何も答えない。一方、チャンスは、着飾って出かけるオッキに出会う。チャンスは製菓工場の仕事を勧めるが、きらびやかな世界しか目に入らないオッキには興味がない。父親に黙って、スオプが荷馬車を引こうとするが、やはり、上手くいかない。ドラム缶が道路に散らばっている。一方、オッキは友人ミジャから、ハイヒールやタイトスカートを教えられ、いよいよ金持ち男狩りに出かけようとしている…二女二男の男やもめチュンサムの苦労はまだまだ続くようだ…

キャストについては、今回も省略します。次女オッキを演じるオム・エンナン(後に議員となるシン・ソンオクの夫人)、彼女に思いを寄せるチャンスを演じるファン・ヘの二人が、巨匠イム・グォンテク「証言(邦題:ソウル奪還大作戦 大反撃)」で観たかもしれない、くらいのつながりしかありませんので…ただ、ハ・チュンサムを演じる主演キム・スンホを筆頭に、韓国映画歴代100選に並ぶ作品にいくつも出演する名役者陣が集まっているのは、間違いないと思われます。

ある意味ネタバレになるかもしれませんが、観終えた感想に一番近いのは、物語は全く違いますが、人情噺「芝浜」を聞き終えた余韻です。愛馬ヨンを手放す危機にある父親チュンサム、口が聞けず嫁ぎ先で虐待される長女オンニョ、なかなか受からない司法試験に挑み続ける生真面目な長男スオプ、華やかな世界に道を外しそうな次女オッキ、喧嘩に明け暮れ荒れる末っ子テオプ、この5人家族を、心優しい社長宅の家政婦スウォンテなど様々な人々が取り囲み描かれる物語は、今では目新しいとも思えないとしても、当時の実にリアルな人間模様を描く秀逸な群像劇に仕上がっていると思われます。耐えがたい悲劇や許せない悪人も登場する一方で、チュンサムとスウォンテが初めて映画を観にデートするシーンの高揚感が、まるで、最近のラブコメみたいなうきうき感に溢れてたりするのも、この作品の魅力でしょう。ちなみ、このデートで二人が観ているのは、ちらっと映るポスターからすると、何度も映画化された「春香伝」の内1961年ホン・ソンギ監督による「(最高の)春香傳」だと思われます。役者では、やはり、主演のチュンサムを演じるキム・スンホと、彼に思いを寄せるスウォンテ演じるファン・ジョンスンが印象的です。見た感じとはうらはらに、それぞれ、計算では40代半ば、30代後半と、今なら中堅年代の役者の筈ですが、老成した趣を巧みに醸しだし、老いらくの恋、みたいな感じを柔らかく演じて好感です。

ここまで書いて、ふと、この映画が作られた数年前に公開された黒澤監督の傑作「生きる」の影響もあったかも、などと感じたりします。とにかく、1950年60年代の日本映画が醸しだした濃密な空気感をも思い起こさせる名作と云えるでしょう。VTRなら日本語字幕版もありますし、英語字幕版ならYouTube"Korean Classic Film Theater"で観ることができます。好き嫌いはあるでしょうが、個人的には、ものすごく良い映画だと思います。

ちなみに、邦版VHSの冒頭、荷車の車輪が、単にひたすら回る様子が映されます。少し変だと思いましたが、韓国映像資料院のYoutube版では、そこにタイトルバック(キャスト、スタッフ)がかぶっていました。邦版を作る際にタイトルバックが抜け落ちたんでしょうか。

全くの余談です。最近、韓国語教室で尊敬語を学びました。それで、この作品の家庭内の会話でも、子から父へ、年下から目上へ、きちんと文法通りの尊敬語が使われていることに気づき、少し新鮮な驚きを感じました。最近の韓国映画でもそうなのか? 今後は、そんなことにも気をつけて観てみたいと思ってます。