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またまたサスペンス、今回は社会派サスペンスですが、地味な作風ながら昨年330万人を集めてスマッシュ・ヒット、「折れた矢」。

2007年1月15日18時26分。キム・ギョンホ元数学科教授は、甘栗を食べながら、アパートの踊り場でパク・ポンジュ判事の帰宅を待つ。やがて、高級車に乗った判事が帰宅してくる。キム元教授は、おもむろに鞄からボウガン(石弓)を取り出し、エレベータホールでエレベータを待つ判事にボウガンを向け、何故判決を覆したのか、と詰問する。判事は、鞄で身を守りながら、開いたエレベータへあとずさる…ニュースは、キム・ギョンホ元教授が、判事に向けボウガンを放った事件で持ちきりだ。キム元教授が、裁判で彼の教授への復職を却下したパク・ポンジュ判事を恨んで起こした事件で、司法への許しがたいテロだ、とメディアはキム元教授を責めたてる…チャンウォン(昌原)。パク・チュン弁護士は、不当解雇事件で勝訴したのに弁護料を払わないクライアントに手を焼いている。クライアントと罵り合っている所へ、キム元教授夫人が現れる。キム元教授が、不当解雇事件の弁護で名の知れたパク・チュン弁護士を希望していると言う。パク弁護士は、まず今回の事件の原因となった裁判の話を聞く…1995年1月、入試問題評価メンバーだった数学科キム・ギョンホ教授は、前年出題された問題の矛盾を指摘するが、大学は、出題ミスを公にせず、新たな模範解答を作って誤魔化す決定を下す。キム・ギョンホ教授は、教授会で抗議するが受け入れられず、翌年度の教授再任用も認められず、失職する…元教授夫人の言葉を遮って、パク弁護士は、冷蔵庫から冷えた焼酎を取り出し、一気にあおる…2005年3月、アメリカのニュージャージー。一家で移り住んだキム元教授は、韓国で法改正があり再任用の道が開かれたと知り、韓国に戻り裁判を起こす。しかし、キム元教授の訴えは、パク・ボンジュ判事によって棄却される…元教授夫人は、パク弁護士がアル中だと気づき、また連絡すると言い残し、ソウルに戻る…2007年、ソウルの裁判所。詐欺事件の弁護のため裁判所を訪れたパク弁護士は、偶然、キム元教授夫人を見かける。法廷では、キム元教授が被告となった石弓事件1審第7回公判が開かれている。被害者パク・ボンジュ判事の証人喚問だ。証言によれば、事件当夜、腹から抜いた矢を警備員に渡し、警察を呼べと言い残し、エレベータで自室に戻ったと言う。キム元教授は嘘だと主張するが、自分の発言を止めようとする弁護士に怒り解雇してしまう。パク弁護士は、キム元教授支援の会の後輩新聞記者チャン・ウンソから、キム元教授の弁護を依頼される。拘置所面会室。パク弁護士は、初めてキム元教授に会う。キム元教授は、弓は撃ってないと主張する。こうして、頑固な数学者と飲んだくれ弁護士の孤独な闘いが始まる…

被告人キム・ギョンホ元教授に、韓国映画界の至宝アン・ソンギ、控訴審弁護人パク・チュン弁護士に、最近渋い名演が続くパク・ウォンサン、キム元教授夫人に、80年代から活躍するベテラン美形ナ・ヨンヒ、チャン・ウンソ記者に、やはり90年代からTV・映画で活躍する知的美人キム・ジホ、控訴審後半を担当するシン・ジェヨル判事に、こちらも韓国映画界を代表する重鎮ムン・ソングン、控訴審前半を担当するイ・テウ判事に、ベテランで渋い存在感イ・ギョンヨン、被害者パク・ポンジュ判事に、今回は陰険な感じが巧いキム・ウンス、パク弁護士の妻に、よく見る脇役チン・ギョン、パク弁護士事務所のイ室長に、今回は人情派のキム・ジュンベ。特別出演では、被害者パク判事の傷を治療した医師に、『冬ソナ』ゴリラ先生で知られる名優チョン・ウォンジュン。

実話に基づいたシナリオですが、勿論、史実に詳しい訳ではないので何処まで脚色されているか分からないながら、実に不可解な公判の雰囲気が生々しく再現されているのは間違いないと感じます。観る前は、保守権力vs進歩派知識人というイデオロギー的対決か、とウンザリ感、警戒感があったんですが、実際は、頑固で保守的な知識人が司法の身内意識に闘いを挑む構図で、監督の冷静な視線には、実に凛とした感じが残ります。2001年テウ自動車ブピョン工場での労働争議だとか、2006年5月20日現大統領パク・クネ襲撃事件などの史実の絡め方も巧くって、そのストーリーテリングの腕は絶妙だといえるでしょう。チョン・ジヨン監督は、「南部軍」「ホワイト・バッジ」という強烈な戦争映画でアン・ソンギを使っているので、アン・ソンギの深みを巧みに引き出している、という感じもあって、重苦しい主題に風格と奥行きを与えているのでしょう。役者では、勿論、アン・ソンギですが、パク・ウォンサンが良い味を出しています。主演経験は殆どありませんが、その名脇役として培った演技力が、あのアン・ソンギのパートナーとして通用するくらいに開花した、って感じです。長年コンビを組んでたかのようです。勿論、他の脇も見事です。監督作には初出演ですが、アン・ソンギとは何度か共演したムン・ソングンが、アン・ソンギを敵視する判事役を居丈高に演じて度迫力ですし、監督やアン・ソンギとはお馴染みのイ・ギョンヨンも、懊悩する判事を演じて絶品です。

真実は知る由もないので、ひょっとすると、キム元教授が石弓を撃つくらい悪質なクレーマーだった、との可能性を否定しませんが、公判の持つ凄まじい違和感は良く伝わってきます。いずれにしろ、殆ど笑顔を見せないアン・ソンギが、ラストのストップモーションで見せる実に魅惑的な笑顔を観るだけでも、観る価値があるんじゃないか、と思わせる傑作だと思います。6月には、日本での公開が控えているそうです。