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ホン・サンス監督作品から、愛すべき小品、「オッキの映画」。

「呪文を唱える日」。朝、映画学科非常勤講師チングは、妻ヘリムが男の名前ヨンスを口走るのを訝るが、試写会があるので飲み会になるかもしれない、と言うと、月二回って決めてたじゃない、と責め立てられる。大学では、女子学生のシナリオを厳しく指導するが、夜インサドンに飲みに行く約束を取り付ける。指導教官のソン教授に出会い、今日は仲間内の飲み会があると誘われる。飲み会までの時間をつぶしていると大先輩のオ教授に出会い、ソン教授は金で在職権を売った卑劣漢だと聞かされる。そして、いよいよ飲み会が始まるが…。「キス王」。映画祭を前に、チングはソン教授に作品を褒められる。チングの映画祭での優勝は確実だとソン教授が言っている、と友人たちも噂する。後輩女子学生オッキをアチャ山の屋台で口説くが、彼女はつれない。そして映画祭の当日…。「暴雪の後」。何十年ぶりかの大雪の日、ソン教授は誰も来ない講義室にいる。やがて女子学生オッキがやって来て、遅れてチングもやって来る。こうして三人は映画や人生を語り合うが…。「オッキの映画」。オッキは映画を作る。アチャ山を舞台にした大晦日と二年後の正月での二つのデートがテーマだ。大晦日では年配の男(ソン教授)、そして、二年後の正月では若い男(チング)が相手だ。車は違うが同じ駐車場、同じ木製の鹿像、同じ橋、同じ公衆トイレ、映画の中の二組は同じ道を歩いていくが…

映画監督で非常勤講師のナム・ジングに、人気絶大ながらアートな作品への出演も目立つイ・ソンギュン、映画学科の女子学生チョン・オッキに、独特の存在感で映画を輝かせるチョン・ユミ、ソン教授に、ホン・サンス作品に限らず重厚な演技を見せ続ける重鎮ムン・ソングン。

時制も定かでない四つのエピソードで構成される作品ですが、中高年の教授、青壮年の監督、若い女、の三人の「師弟関係」「不貞関係」「恋人関係」を描く物語群は、いかにもホン・サンス監督らしい語り口に仕上がっていると思います。数年に渡る男女三人の三角関係をスケッチしたとも思えますし、どれかのエピソードは登場人物の勝手な脚色による映像作品なんだとも考えられるでしょう。一方で、ソン教授とオッキ、チングと女子学生、とか、ソン教授とオ教授、チングとソン教授、という相似的な関係がエピソード間にあることから、繰り返し、あるいは、輪廻みたいなものがテーマであると想像することも十分に有り得るでしょう。観る者に、恐らくかなり自己中心的で生臭い三人の男女に起きた本当の物語を考えさせよう、とする監督の意向は、個人的には、かなり成功していると思います。役者は三人ともドンピシャでしょう。イ・ソンギュンは勿論良いですが、聖と俗の曖昧な境目を演じるムン・ソングンが見事ですし、ものすごく曖昧な「女」を演じるチョン・ユミは絶品だと云わざるを得ないでしょう。

お金もかかってなさそうですし、ちょっと撮ってみた、みたいな気安さもないではないですが、そこがまた魅力のホン・サンス監督の逸品小品だと思います。

ちなみに、忘れられない名台詞を一つだけ。大切にしていることとその理由を訊ねられたソン教授の回答。
「自分にとって大切なことはあるが、何故大切かが分かっていることはない」。
理由を言えるくらいのことに本当に大切なことなんかない、と云うことだと解釈しますが、能弁な現代において、けだし名言だと思います。