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「不当取引」のチョ・ヨンジンつながりで、キム・ヘスク渾身の母親演技、五つ星、「実家の母 (故郷(さと)の母)」。

ソウル駅。チスクは、夫と幼い娘に見送られ、一人、実家へと向かう列車に乗り込む。車窓を流れる景色を見ながら、チスクはこれまでの日々を思い起こす…8歳。足の悪い父が運転するバスで下校したチスクは、母と一緒に検便に奮闘する。14歳。市場で必死に値切る母を恥ずかしく思い、参観日に来た母を追い返し、酒を飲んでは母に乱暴する父にも絶望する。高校時代。奨学生としてソウルの大学に合格し、実家を離れる。大学時代。喫茶店のバイトで、将来の夫と出会う。駆け出しの放送作家時代。結婚を決意するが、相手の家が反対する。両家顔合わせの席で母は激昂し、席を立ってしまうが…次第に列車は、故郷チョンウプ(井邑)に近づいていく。

母に、名女優キム・ヘスク、娘チスクに、大ファンのパク・チニ、父に、チョ・ヨンジン、夫に、イ・ムセン、弟チノに、チョン・ヨンギ。

キム・ヘスクとは1歳違いという歳のせいで涙もろくなったのもあるんでしょうが、映画の出だし20分で涙がこぼれる映画は記憶にありません。キム・ヘスク演じる子供のためになら何をも惜しまない母親像は、とにもかくにも至高の極みと云わざるを得ないのです。初めてクレジットトップに名を掲げた五つ星「慶祝!私たちの愛(ビバ!ラブ)」では多少トリッキーな役所(ドコロ)だったこともあって、本作の貧しくみすぼらしい母親役という手慣れた守備範囲での演技はいつもながらのものだろう、という事前の勝手な予想は、激しく打ち砕かれます。とにかく、お茶目であろうと、切なくあろうと、笑おうと、泣こうと、すべてのカットでその鬼気せまる演技魂を炸裂させていて、むしろ、劇的なシーンより、何気ない日常シーンの方が感銘深いという、あり得ない見事さを見せます。OKが出ても撮り直しを求めた、とか、駅のシーンではスタッフ全員が涙を流した、とも言われます。8歳の娘の検便のため一緒にきばるシーンとか、娘のことが心配でまた占い(巫堂)に行ってしまったと神父に懺悔するシーンとか、その生々しい存在感は、とても文章では書き表せません。キム・ヘスクは、あるインタビューで、メリル・ストリープとシガニー・ウィーバーを例に挙げ自らの女優魂を語っていますが、十分に同じ地平に到達していると云って言い過ぎではないと思います。娘役のパク・チニの名演も挙げておかないと不公平でしょう。もともとコメディでもシリアスでも上手い女優ですが、本作のキム・ヘスクと堂々と渡り合う演技は、彼女の演技人生の中でもエポックメイキングなものになるだろうと容易に想像できます。

物語自体は、序盤・中盤が追想シーンという珍しい構成を持ってはいるものの、テーマとしての目新しさはありませんので、キム・ヘスクというおばさん女優に興味がなければ、観たことを後悔するかもしれません。また、余りにも脇役としての露出が多い女優なので、見飽きたという方も少なくないでしょう。それでも、キム・ヘスクの名演だけで、五つ星以外考えられない作品だと思います。

ちなみに、中盤、娘からの電話に子守歌として歌って聞かせる曲は、映画のタイトルにもなった「春の日は行く」で、昨年亡くなったペク・ソルヒ(白雪姫)の50年代のヒット曲です。また、母娘が二泊三日の小旅行で訪れる紅葉で美しく彩られる山は、チョンウプ(井邑)にほど近いネジャンサン(内蔵山)です。

印象に残った台詞を一つだけ。夫が死に、二人暮らしの息子も入隊してしまう時、一人じゃ心配だから一緒にソウルで暮らそうと誘う娘に対し、断って、「結婚した女が苦しい時に行く所がないと辛いだろう」。泣けます。