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140万人という観客動員数はちょっと少ないかなぁ、という気もしますが、イ・ジュニク監督が「王の男」で描いた重層的な時代絵巻に再び挑んだ、歴史エンターテインメントの秀作、五つ星、「雲から抜けた月のように」。

豊臣秀吉の朝鮮出兵が間近に迫る1592年(宣祖25年)、王朝は、チョン・ヨリプ(鄭汝立)が興した民衆運動テドンゲ(大同契)の解散を命じ、まもなく、ヨリプは自害するが、宣祖は、その遺骸を掘り起こし反逆者として晒す。ヨリプを師として友人として敬する盲目の剣客ファン・ジョンハクは、今こそ一丸となって倭寇に対抗するべきだと考えるが、一方、イ・モンハク(李夢鶴)は、東人派と西人派に割れて争い倭寇に対抗する術を持たない王朝こそが敵だと言う。モンハクは、その手始めに王朝の重鎮ハン大監をチェサ(祭祀)の最中に襲い、一族もろとも虐殺する。ハン大監がキーセン(妓生)に生ませた庶子キョンジャは、モンハクに斬りかかり、逆に刺され重傷を負うが、その場に居合わせたチョンハクに救われる。父の仇としてモンハクを恨むキョンジャは、チョンハクの剣の腕に憧れ弟子として付きまとうが、チョンハクもまたとある疑いを抱いてモンハクを追う。二人は、愛人ペクチがいる妓生館に、モンハクの行方を探りに行くが…

盲人の剣客ファン・ジョンハクに、意外にもイ・ジュニク監督作品は初めての名優ファン・ジョンミン、王朝打倒に狂乱していくイ・モンハクに、やはり監督作初で最近芸域を素晴らしく拡げるチャ・スンウォン、美貌の妓生ペクチに、スーパーモデル出身で『夏の香り』で日本にも知られるハン・ジヘ、キョンジャに、『海神』『チェオクの剣』『天国の階段』など錚々たる子役経験を持つ二枚目ペク・ソンヒョン、ソンジョ(宣祖)に、13集まで出した”サヌリム”リーダーで味わい深い脇役キム・チャンワン、アンソン(安城)の真鍮職人に、監督作「ラジオ・スター」で良い味を出すチョン・ギュス、東人派のユ大監に、「王の男」以来監督作皆勤シン・ジョングン、西人派のチョン大監に、韓国最高の俳優になると信じるリュ・スンニョン。出るやいなや死んじゃう役ですが、監督作「楽しい人生」で素晴らしい名演を見せたキム・サンホの顔も見えます。

感想を書き始めて気づいたんですが、イ・ジュニク監督作は、「ラジオ・スター」「楽しき人生」「あなたは遠いところに」と連続3作、五つ星です。まだ駆け出しの頃観た「王の男」だって、今観ていれば、絶対五つ星でしょう。よほど波長が合うんだと思います。一方、ここ3作が、落ちぶれたロッカー、オヤジ・バンド、ベトナム出征兵の妻、と、どちらかと言えばパーソナルな劇空間を舞台に選んできたのに比べ、今作は、「王の男」で見せた重層的な映画空間に回帰しているように見えます。国家としての、朝鮮と日本、朝鮮における、王朝と民衆運動、王朝における、東人派と西人派、民衆運動における、指導者とNo.2・過激派と穏健派、そして、個人においては、師への尊敬と仇への憎しみとその仇の愛人への思慕…これら様々な緊張関係の妙は、多くが原作コミックの作者パク・フンヨンの功績なんでしょうが、出来上がった作品は、いかにものイ・ジュニク節になっています。誰かや何かに簡単に思い入れることを許さず、観終わった時に、それこそ、雲に見え隠れする月のような危うい余韻を残す所が見事です。役者では、ファン・ジョンミンでしょうか。勝新太郎の座頭市にインスパイアされてはいるんでしょうが、飄々としていながらも熱いものを内に秘めた人物像が、複雑に進む物語の狂言回しとしての存在感だけでなく、イ・ジュニク監督の持つ柔らかなユーモア感覚をも見事に体現していて、さすがです。3分を超えるごまかしが利かないスローモーションでの殺陣もかなり感動的だったりします。もう一人、観る前ちょっと訝っていたハン・ジヘの起用も、その凛とした美貌が映画に鮮やかなアクセントを与えていて、悪くないと思います。

尊敬するリュ・スンニョンの扱いがその他大勢風なのは気に入りませんが、監督次回作「平壌城」では主演クラスなので良しとして、タイトルにもあり、劇中も何度か現れる、明るく輝く「月」、それを覆い隠す「雲」、それぞれが何の暗喩かをぼんやりと考えながら観ていただきたい作品だと思います。間違いなく、観る人によって、答えは様々になる筈です。

歴史に詳しい方には余計なお節介だと思いますが、経験を踏まえて云えば、映画を観る前に、文禄の役がどのような経緯を辿ったか、Wikipediaなどで軽く知っておいた方がよいと思われます。この映画の本質だとは思いませんが、景福宮勤政殿で繰り広げられるクライマックスなどの状況を理解するという意味で、映画を観る一助になると思います。