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「韓国映画クラシック・コレクション」からの3本目は、監督も俳優もあまり馴染みがありませんが、懐かしい香りたっぷりの、「薔薇色の人生」。

民主化運動の高まりに翌年の政権移譲を余儀なくされたチョン・ドゥファン政権末期で、ソウル五輪を翌年に控えた1987年春。中華街でも知られるクロ(九老)区カリボン(加里峰)洞の片隅にある小さな漫画喫茶オムジ。マダムと呼ばれる美しい女主人の下に、様々な人々が集まってくる。敵対組織の大物を殺したと噂され、追手に追われつつも真犯人を探すやくざドンパル。公安当局から追われ、マダムを頼ってきた労働運動家キヨン。やはり何故か誰かに追われ、近くのタバンのホステス、ミス・オーに片思いするひ弱な文学青年ユジン。店は、違法ながら、ハリウッド映画やポルノビデオ上映、花札賭博、一夜のねぐら、等を求めてくる近隣の男たちや泥酔する夜の女たちで朝まで賑わっている。そんなある日、置き忘れた鞄を取りに店に戻ったドンパルは、色っぽいマダムに欲情し、思わず彼女に襲いかかってしまう…

美貌のマダムには、最近でも『大王世宗』『憎くてももう一度』などで主演級の正統派美人チェ・ミョンギル、やくざドンパルには、最近「最強☆彼女」でシン・ミナの父親を演じたアクション俳優チェ・ジェソン、労働運動家キヨンには、最近も『チュモン(朱蒙)』『王と私』などに出るチャ・グァンス、文学青年ユジンには、良く知らないイ・ジヒョン、裸も見せるタバンの女給ミス・オーには、「犬のような日の午後」「ハッピー・エンド」ファン・ミソン、近隣の射撃場の主人に、韓国映画界になくてはならない重鎮ミョン・ゲナム、マダムに結婚相手を紹介するハン社長に、名優チェ・ジョンウォンの若い顔も見えます。

見た感じが一番近い映画は、70年安保に疲弊した72年に公開され、学生服を着たまま場末の映画館でこっそり見た村川透監督による日活ロマンポルノの傑作「白い指の戯れ」です。誤解なきよう云えば、「薔薇色の人生」にはポルノティックなシーンはごくわずかしかありませんので、似ているのは、時代感覚や人物描写という意味です。権力が無条件に悪だった時代、権力と対峙しつつ場末に集うアウトローたちの生きざまを、生々しく、強烈に描いている本作を観て、まざまざと当時の感覚が甦って来たのでしょう。磊落で、かつ、かなり下品な色香を漂わせる美貌チェ・ミョンギルが、伊佐山ひろ子の強烈な演技に重なったことも大きいと思います。ストーリー自体は、かなり粗削りで、追われる三人の男と美貌のマダムというせっかくの設定が余り上手く使い切れていない、という感じが残ったりもしますが、繰り返し登場するチョン・ドゥファン大統領に関わるTVニュース、映画のタイトルにもなった「ラ・ヴィ・アン・ローズ」伝統歌謡「昭陽江娘」ショッキング・ブルー「ヴィーナス」といった歌謡、初めて見たチマ・チョゴリのストリップ、などなどノスタルジックであると同時に、政治と大衆の難しい距離感が、生々しく描き出されていると感じます。人間関係や文学青年の過去など一部の物語要素を謎にしたまま終盤に持ち込んでいったり、香港映画並の激しいアクションが急に出てきたり、そういったちょっとザワザワした語り口も、個人的には好感です。

第五共和国の終焉と本格的な国際デビュー、ソウル五輪を目前にした韓国の時代雰囲気を、小さな漫画喫茶に集う人々から描いた佳編だと思います。