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登り竜の勢いイ・ソンギュンつながりで、繊細さに満ちあふれた傑作、「謝罪/りんご」。

翻訳関係の会社に勤める29歳のヒョンジョンには、仕事を辞めた父、口うるさい母、生意気な妹と4人で暮らし、家族にも紹介した7年越しの恋人ミンソクがいる。会社のセミナーだと家族に嘘をついて、ミンソクと済州島へ旅行に行くが、旅先で、ミンソクが突然別れを告げる。呆然自失のヒョンジョンに、同じビルに勤める携帯電話技術者サンフンが、何度となく、ぎこちないアプローチをかけて来る。始めは、受け入れないヒョンジョンだったが、次第に、華やかさはないながら、その誠実さに惹かれていき、やがて、結婚に至る。結婚後サンフンへの思いを深めるヒョンジョンだったが、新婚気分の冷めやらぬ頃、サンフンは、6カ月間の慶尚北道クミ(亀尾)への出張を命じられた、と告げる。渋々、離ればなれの生活が始まるが、ヒョンジョンは自分の妊娠に気づく…

ヒョンジョンに、韓国映画界きっての演技派ベネツィア新人賞(マルチェロ・マストロヤンニ賞)女優ムン・ソリ、サンフンに、ニューロティックと呼びたくなるような内面演技では右に出るものがいないキム・テウ、ミンソクに、コメディからシリアスまで何でもこなす絶好調イ・ソンギュン、ヒョンジョンの父親に、演劇出の個性派脇役チュ・ジンモ、妹に、台湾籍のマルチリンガル女優カン・レヨン、母親に、演劇界のベテランでやはりムン・ソリと共演する「私たちの生涯最高の瞬間」ではキム・ジョンウンの母親を演じたチェ・ヒョンイン。

2005年に完成していながら3年間も蔵に眠っていた、その理由も分かる気がします。何しろ、映画的な出来事が、こんなに起きない映画は見たことがありませんし、この作品を市場に出すのには相当の勇気が必要だったと思います。一方で、完成の翌年釜山国際映画祭の特別上映でムン・ソリがまだ決まらぬ公開に涙を流した、その理由も良く分かる、渾身の入魂作とも云えるでしょう。50人の女性へのインタビューが元なんだそうですが、映画は、一人の女性を中心に据え、失恋、出会い、結婚、単身赴任、妊娠、出産…といった何処にでもある出来事を、淡々と手持ちカメラで追っているだけだと云っていいと思います。しかしながら、隠しカメラで見ているかのような、場面場面での自然で生々しい会話や所作は、三人の驚くような演技力で、実にリアルな息づかいを感じさせます。やはり、ムン・ソリでしょう。「オアシス」での完璧に作り込まれた演技はそれはそれで極致と云えますが、その対極にある、何も作らない余りに日常的すぎる今回の演技もまた、驚くような集中力がないと演じられないだろうと想像します。キム・テウも素晴らしく、慎ましさや誠実さ、その陰に隠れた孤独や不安、みたいなものが見事に体現されています。イ・ソンギュンもいいですが、母親役のチェ・ヒョンインが、もう一人の主役と呼べるくらいの存在感を見せていて、無職の夫、仕事の見つからない妹、失恋や離婚に悩む姉に翻弄されながら、口汚く罵りながらも太い柱のように家族を支える女性像は、圧巻だと云えるでしょう。

俗な意味での映画的なものを求めると、かなり後悔することになると思われる作品ですが、ありきたりな女性が、ありきたりな出来事に遭遇するだけにも関わらず、不思議な独特の輝きを放つ傑作だと思います。

ちなみに、タイトル”사과”は「謝罪」「リンゴ」を意味する同音異義語で、それぞれ、「謝過」「沙果」という漢字語からきていますが、最後の台詞が「ミアネ」ですし、青いリンゴも登場して、どちらの意味で付けられたかは判然としません。また、偶然とは云え、この二つが同じ言葉になったことも、不思議な感じがしていて、劇中にも教会のシーンが出てきますが、アダムとイブに関係するのか、とか妄想したりもします。

もっとちなみに、ポスターは、公開が決まった昨年、出演者が3年ぶりに集まって撮ったもので、既にショートカットになっていたムン・ソリは、鬘をつけての撮影だったそうです。