イメージ 1


長年見たいと思っていてようやくVHSを手に入れた、韓国最高のロードムービー、「鯨とり -コレサニャン-」。

ソウル。一流大学哲学科の純情童貞青年は、思いを寄せる女子学生に告白するが無惨にも振られ、家も大学も捨て「鯨」を探しに出るが、動物園を根城にする磊落な浮浪者に危ないところを助けられる。元気づけようと浮浪者が連れて行った女郎街で、青年は、失語症の美しい娼婦と出会い、愛し合う。彼女の身の上にほだされた二人は、彼女を脱出させ、三人で、彼女の故郷、韓国南端近いウド(牛島)へと、一文なしの旅を始めるが、女郎屋の主人もその後を追ってくる…

元インテリの浮浪者には、名優アン・ソンギ、純情青年には、「小さな巨人」と愛称される80年代の人気歌手で後に「風の丘を越えて」の音楽を担当するなどの才人歌手キム・スチョル、都会に出て夢破れた薄幸の娼婦に、24歳美しさ真っ盛りという感じのイ・ミスク、女郎屋の主人に、韓国映画界の大ベテランで翌年の「桑の葉」ではイ・ミスクに冷たくされる作男を好演するイ・デグン。監督は、「赤道の花」「ディープ・ブルー・ナイト」とかアン・ソンギとは切っても切れないペ・チャンホ。

少し遅れてやって来たコリアン・ニュー・シネマとも云うべき快作。ソウルから慶尚南道に向かう、次第に雪が消えていく旅は、どこかユーモラスでありながら、世の中に背を向けた、あるいは、世の中から背を向けられた三人の例えようのない哀愁に満ちていて、何でもないシーンにふと涙ぐんでしまうような、そんな独特の匂いを抱えて進んでいきます。役者も素晴らしく、身勝手な所もある浮浪者を演じるアン・ソンギは、「ファイブ・イージー・ピーセス」「冬のカモメ」の頃のジャック・ニコルソンを思い起こさせる軽妙ながら深みのある演技を見せますし、映画は初心者のキム・スチョルは、「オー!ゴッド」で名演を見せた同じく歌手のジョン・デンバーを思い出させる、頼り無げで一途な青年を好演、また、イ・ミスクは驚くほど可憐ですし、イ・デグンも悪役ながらなかなかの存在感を見せてくれます。音楽は、キム・スチョルが担当していますが、高田渡とか加川良といった日本の反戦アングラ・フォークっぽい、素朴で力強い曲が揃っていて、これまた映画を巧みに盛り上げていきます。

世の中から落ちこぼれた三人なので、詐欺まがいのシーンがあったり、救急車や老眼鏡や自転車を盗んだりと、今から見ると、反社会的な描写も多かったりしますが、疎外された者たちへの優しい視線に満ちた秀作だと思います。特に、爽やかで鮮やかなラストの切れ味は、必見でしょう。お薦めです。

ちなみに、「鯨とり -コレサニャン-」は、「何か大きな目的を狙う」という意味の隠語だそうで、何も信じるものがなくなってしまった登場人物たちの抱くかすかな希望を表しているんだと思われます。