イメージ 1

 

95分ワンカット撮影がもたらした五つ星の秀作、「マジシャンズ」。

江原道の森の中、山小屋を改装したカフェ。既にバラバラになったバンドのかつての仲間ギターの三回忌である大晦日に、ドラムとキーボード&ベースの二人は、酒を飲みながら、ボーカルが来るのを待っている。そこにやって来たのは、ギターの亡霊と、山寺から還俗することを決めた僧侶。やがて、ボーカルも登場し、彼らはそれぞれの思いを抱え、過去や未来と向き合うことになる…

山小屋の主人でかつてギターの恋人であったドラムに、「ドンテルパパ(非日常的な彼女)」「マイ・ボス・マイ・ヒーロー」シリーズのチョン・ウンイン、人生に疲れアルゼンチンへの移民を考えるキーボード&ベースに、この監督前作「羽根」でも名演チャン・ヒョンソン、薬と酒に溺れ死んだギターの亡霊に、「箪笥」の義妹役で印象的な演劇が本職のイ・スンビ、美貌のボーカルに、監督「スパイダー・フォレスト」で激しい濡れ場を演じたカン・ギョンホン、僧侶に、やはり演劇人で「気まぐれな唇」とかのキム・ハクソン。

ワンカット撮影の映画と云えば、ヒッチコック「ロープ」とソクーロフ「エルミタージュ幻想」が有名で、どうしても理に走った頭でっかちな映画と云われる事が多いので、そんな先入観を抱いて見始めたのですが、とんでもない、演技、脚本、演出、どれをとっても一級品の五つ星映画です。

演技では、五人とも素晴らしいですが、強いて挙げればイ・スンビ。亡霊役として、仲間たちの追悼の対象でありながら、パントマイム的な動作を中心とした、その明るくコミカルな演技は絶賛に値します。脚本も洒落ていて、文化祭テープとか抹茶フラペチーノとか小道具も良く効いている上、会話の切れ味は抜群ですし、二階や屋外へ移動すると時制が過去に戻る、なんていう仕掛けを使い、登場人物の過去と現在、そして未来を実に巧みに表現していると思います。個人的な趣味ですが、中に出てくるWindyというジョークは本当に可笑しくて、登場人物と一緒に死ぬほど笑ってしまいました。しかしながら、やっぱり凄いのは演出。普通は、DVDのメイキング特典映像は殆ど見ないのですが、これは別。ある意味本編以上に感動的で、カメラや役者の位置や動き、台詞回しの速度…ありとあらゆることを設計し論議しながら、ワンカットの95分を作り上げようとする監督、役者、スタッフの姿勢には、殆ど涙がこぼれそうになります。音楽的にも、ラテン的な曲を多用しながら、まるで音楽のようなキム・ハクソンの千手経や、そしてラストのLoveholicの「シルビア」とか、上々だったりします。

映画本編だけでは、五つ星はちょっと甘いかもしれませんが、初めからワンカット撮影であることを知って見る観客の緊張感をうまく刺激しながら、演出、脚本、演技が一体となって作り上げる95分の映画空間が、他では味合うことが出来ない強く美しいインパクトを残す、という意味で、充分に値するものだと思います。最近DVDが出ていますので、気が向いた時にでも、是非、お試し下さい。