あなた方は第五の山の頂には神が住んでいると信じている。
しかし、私は唯一の神を信じている。
私の神のほうが力があるとも強いとも、私は言いたくない。

私はお互いの違いではなく、共通性について話したいのだ。
悲劇は私たちをひとつの思いで結びつけた。
それは絶望だ。

絶望はなぜやってこなければいけなかったのか?
それは、私たちが全ては自分の思うとおりになり、
自分で決められると思い込んでいたからだ。
そのため変化というものが受け入れられなくなったのだ。


悲劇は起こる。
その理由を発見し、他人を恨み、それがなければ、
自分の生活がいかに違ったか想像することもできる。
しかし、そんなことは、みな大切ではない。

悲劇は起こる。
だから、そのままを受け入れるのだ。
そこから先は、自分の中の恐怖を脇に置いて、
建て直し始めなくてはならないのだ。


あなた方一人ひとり、今から、自分自身に名前をつけよう。
あなたが戦い取ろうと夢見ている一つの言葉を、
あなたの新しい名前としよう。

誰でも生まれた時につけられた名前を持っている。
しかし、自分の人生に意味を与えるためには、
自分で選んだ名前をつけることを学ばなければいけないのだ。


第五の山を見てください。
同じ山なのに、見る方向によって、みんな違って見えます。
すべての創造物はこれと同じです。
同じ神が持つ、たくさんの顔なのです。


どうしてこんなにも不完全な自分に○をあげたい。
空っぽで生きていたくないのに何も選ばないで自由を探してる。
すべてを選べるここが自由だってしってるのに。
ぜんぶそれらしい、それ風なんだ当事者になれない。
どこにいるの?だれなの?
じぶんが名前をつける側なのに。
もがいてる苦しい、不完全でずっとずっと未完成で。
だから○をあげたいよいますぐ、いますぐあげられるのよ。
だれかじゃない自分が自分に。
みんながそうやっていたいんだよな。