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きのことほうれん草のしょうゆパスタ

隠し味は山椒と生姜わんわん
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きょうは久々に写真模写の人物デッサンして遊びました。

たのしかったー ◇
第五の山は、アルケミストよりもより宗教観の強い作品だったので
最初はあまり読み進められなかった。

でも読み進めれば読み進めるほど、
物語でおきる出来事は大きくなり深刻化し、
そしてそれに伴ってこの作品のメッセージが強まっていくほどに、
作品に引き込まれた。


なぜ第五の山にでてきた
預言者エリヤを導く天使が目が見えなかったのか。

それは私たちの反対なんだな。

世界でどんなことが起きているか、目を閉じた世界では何も見えないけど、
だからこそ、人の心の動きや真実を見るほんとうの視力を持てる。

物質化しすぎた社会のこと。戦争。

その物質のもつ意味とはなんなのか?
人がぶつかり争いあう意味はなんなのか?
それを見抜く目がわたしたちには必要だ。


これによって人は現代の宗教という、
平和にとって不可避な争いを突破できるはずだ。

偏った思想でぶつかりあう意味は?

エリヤが言っていた、
違いでなく共通性の話をしよう。

なにが正しいか、何を信じればよいかは、
自分で自分の名前をつけたとき、それが自分自身の"宗教/信仰/神"となること。
みな違うものをもっていることを否定しても仕方がない。
そこにどんな共通性があるか、どんな意味を持ちたいかと互いを見つめよう。

みんな平和を心から祈ってるはずだ。
その形がそれぞれ違うだけで。

そこでなにができるか?
わたしたちがしたいと強く望むこと、
それにできる限りのことをしよう。

できる限りとは、相手を尊重し、
同時に自分を尊重すること。

悲劇が起きるのはわたしたちがそれを思い出すためだ。

この世界がずっと分離を繰り返してきて、それを飽和して、
また全てがひとつであるという統合を思い出そうとしている
貴重な時期なのかもしれない。


ものの見方がかわった。