私の母は毒親だった。私が物心つく頃はすでに特性が強く、思ったことを常に口にする性格。それも人が傷つくことを平然と口にする。差別用語、ハラスメント用語、そのまんま口に出す信じられない性格。たとえば障害のある人を見て、大きな声で「どうしたん、あの人」と平気で聞こえるように言うような人。親戚に子どものいない夫婦がいて、「これでも抱いていたら」と本当に子どもの等身大の人形を買ってプレゼントするような無神経な人。
私自身もこの母親の言葉や表情にいつも傷ついてきた。いつも近所の友達と比較されてけなされてきた。体や顔のことも言われた。ことあるごとに否定されてきた。いつもいつも目を三角にして情けなさそうな表情でしか私を見ていなかった。それも母の故郷の独特の方言で言われてよけいにきつかった。
高学年から高校卒業するまで、私は家のことをするのが当たり前となり、父が死んで母子家庭になっていたから、私も母を助けないといけないと思い込んでいた。でも私も子育てをしてきて思う。子どもにあんなに家事をさせる親がどこにいるのかと。いくら働いているからといっても、私だってフルタイムで働いてきたけど、親の仕事は親の仕事だ。私は子どもらしい子ども時代を過ごせずに来てしまった。弟もいたし、今でいうヤングケアラーと言っても過言ではなかった。酒乱でいつも一升瓶を抱えて酒を飲んでTVを見ていた父、いつ暴れ出すかわからない父に怯え、特性が強く無神経でデリカシーのない母親に平気で傷つけられてきた私。しかも父の死後は狭いアパートに母の当時の男が月に何度か泊まりに来るようになった。母の言い分は「アンタも大人になったらわかるんよ」だった。本当に最悪だった。不安にならない要素がどこにある?安全で安心できて、自分が自分のままでいられる環境がどこにある?いつも人の顔色を見て、人の喜ぶように振るまってきた。ありのままの私では愛されないのだと刷り込まれてきた。こんな私が、自分に自信をもって絶対的に受け入れられて人を信頼できる人間に育つはずがなかったんだ。
今は90を過ぎたけど、介護拒否があるし、病院などに連れて行っても目に入る人にいちいち大きな声で突っ込みを入れて本当に恥ずかしい。もはや認知症や老害というかわいいレベルではない。キ○ガイのレベルで正真正銘の社会の害でしかない。看護師さんや介護の方に「大変ですね」と同情されるほど。週1日のデイサービスの送り出しと迎え入れだけに行っているけど、毎回毎回不快なことを言われ、イヤな気持ちで帰る羽目になる。
元々母は私が嫌いだったんだろう。幼いときにかわいかった弟と違い、私はぼんやりしててハキハキしてなくて、何にも取り柄がなくてかわいくなかったんだ。母にさえ好かれなかった私が、人に愛されるような人間になれるわけなかった。
耳が遠いから大きい声で伝えていたら「なんで怒るんね、うちはなんも悪いことしてないよ!」と私を責め、「もう死ぬわー!!」と自分には何も非がないような、お涙頂戴みたいな話をしてまた目を三角にする。勝手○んぼが!!勝手に○ね!!心で毒づいて帰路につく。私との関係性が悪かったから、認知症になってもそこが根強く残っているのだ。だからこうして些細なことで、母の私に対する憎しみを感じることになる。
帰りの車の中で涙が出てきて、「もう○んでしまえ!」「○ね!」「クソばばあが!!」と声に出して思い切り叫んでいた。私の言霊が本当に母を死なせてしまうとしてももうかまわなかった。いや、いくら私が毒づいたところであの母が簡単に死ぬわけはなかった。それを確信したから私はもう声を大にして叫んだのだ。あの母はどこまでも私を苦しめ、責め続けるつもりだ。毎回イヤな言葉を浴びせ、心底不快な気持ちにさせられる。完全な毒親。施設に行ってほしいけど、介護拒否があるから受け入れてもらえない。残るは精神病院の認知症病棟しかない。最後はそこに放り込んで鎮静をかけてもらうしかない。ひどい娘でもかまわない。私は親を捨てたい。育ててもらった恩?そんなの何も感じない。それより一度も私を認めてくれなかった。私のすることなすこと、顔や体のことまで全部否定してきた。私は自信がなくて自分も人も信じられない、人の顔色ばかりうかがうような孤独で人間関係もうまくいかない、欠陥を抱えた人格障害になった。いつも人から嫌われる、10人いたら10人に嫌われる。どうしてだろうと思っていた。がんばっているのに、どうしてもみんなみたいになれなかった。理想は高く、がんばったらそこへ行けると思っていた。すべて間違っていた。毒親育ちで不安で傷つきが多かった私は、もうこれ以上傷つきたくなくていつも自己防衛が働いてしまっていたから、自分の気持ちさえもわからなくなっていた。あなたの前では私は初めて素の自分になれたんだよ。
どうしてあなたじゃなくてあいつが先に死ななかったんだ。私を苦しめ続ける死んでもいいやつが死なず、私にとっての唯一の安全基地だった、大切なあなたを私はなぜ失わないといけなかったのか。
だけどね、私はこんなに大きな欠落を抱えていたからこそ、精神病で無職でお金のなかったあなたに固執していたのかもしれないとも思うの。でも私の気持ちは変わらないよ。人間として男としてのあなたが好きだった。あなたは私を大切に扱ってくれた。大切にしてくれた。それはやっぱりこの世で唯一の人なの。だから私は天国であなたにもう一度会うの。そして今度こそ離れないでずっと一緒にいたいのです。