この前中学時代の友人Y君と偶然再会しました。
 テンションが上がったので、6年ぐらいまったく連絡をとっていない中学時代の友人の家を、アポなしでいきなり訪問してまわろうぜ! ということになりました。(18:00くらい。夕飯どき)
 大体、家にいなかったり、家が分からなくなったりそもそも家がなかったり、居留守使われたりでなかなか会えず、唯一顔を見ることのできたA君にも、ものっそい迷惑そうな顔をされました。

 私:「A君ひさしぶり! 覚えてる? 今から遊ぼうよ!」
 A:「いや、覚えてるけどさ。え、、、なんで?」
 私:「ごめん、迷惑だった?」
 A:「いや、、、迷惑ではないけれども、なんで?」
 私:「いや、顔が明らかに迷惑そうだけれども?」
 A:「いやだから、迷惑ではないけれども!」
 私:「いや、ホントは迷惑だよね?」
 A:「いや、そんなことはないけれども!」

 結局、A君が次の日卒業旅行だったため、一緒に食事は叶わず、、、。
 Y君と二人でバーミヤンの一杯100円の紹興酒を吞んで帰宅しました。
 あの時のA君の顔があまりに迷惑そうだったので、あんまりリベンジはしたくないです。
 先輩がmixiを使って書いてる本のレビューを読んだ。
 
 巧かった。
 簡潔で読みやすいし、キレがあるって言うのかな。
 そのレビューを読んだ人の心に、ひっかかるような爪というか鉤のようなモノがちゃんとあった。
 その本を読みたくなるように、書かれている。

 先週の金曜、その先輩から
「映画を一本観てレビューを書いてこい」
 っていう宿題を出された。
 で、書いてみてわかったけど「書く」って自分の考えをまとめるためにすごく大事なんだなあ。
 一度文章にしてみて初めて自分が何を思ったか、何を言いたかったのかっていうのが分かってくる。
 だから、次に書く時はもっと自分の書きたかったことを明確に突けるようになる。
 みんなが「数出せ!」「書き直せ!」っていうのが実感できた。

 ちなみに、その宿題はそれなりに評価してもらえた。
 でも、その先輩は基本的には絶対評価で評価をする。だから、今回言ってくれたことも私の力を考慮した上でのことだと思う。相対評価ではない。
 だから、真に受けないようにしておこう。
「他の人と同じことをしてちゃ駄目だ」
 
 という言葉を、頻繁に発言する人が身近に二人ほどいます。
 
 私はその言葉が嫌いでした。
 それを言うなら、「他人と違うことをする」ではなく、「自分のしたいことをする」の間違いだろうと。 なんというか、意味もなく奇を衒うという感じがして嫌いでした。若干、他人を馬鹿にしてる感あるし。
 
 でも、最近はちょっと違います。
 
 この言葉のは、「自分の居場所とか役割を探せ」という意味なのでは? と思うようになりました。
「あれはこの人がやってくれてるから、私はこれをしよう」という。
 何のために人間集まるかと言えば、それぞれ得意分野が違うからなわけですよね。
 だから、本好きが二人いて被ってしまったとしても、片方は推理小説マニアになって、もう片方は歴史小説マニアになれば良いんじゃね??
 
 そう考えたらちょっと楽になりました笑