しかし、これだけ楽しいこと書き出すと、まるで「励まされた日記」みたいやな。
部分抜き出しして出版物に掲載されたらどうしよう笑
でも個人的には、あの楽しかった日々に感じた愛や優しさは忘れたくないし、
あれから組織がどう変わったとしても、
楽しかった日々にいた個々の人達の事はずっと幸せを願っていたいのです。
中学の時、社会の先生が宗教について話した事がありました。
日本の宗教でどんなものがあるか知っている人、と聞かれた時、
私はJWの中でのいつもの感覚で様々な宗教の名前と特徴を発表しました。
「天○教って踊るんですよね!」とか、「創○学会って公○党にみんな票入れる活動するんですよね!」とか。
たしかにそれは事実なのですが、それぞれの宗教の最も奇異に聞こえる部分だけを悪意を持って広める意図がある事は今考えれば明らかでした。
先生はとても優しい人だったのですが、その時だけはとても悲しそうな顔をして、「それはあかん。そういう言い方はあかんよ。」と、ポツリと言いました。
その時に全てを悟ったわけではありませんが、
例え周りから奇異に見えても、明らかに偽りと思われる事であっても、
それを信じる気持ちそのものを茶化したり攻撃したりしてはいけない、という事をじんわりと、ようやく分かるようになりました。
そして、自分も同じように思われていることも、その時に悟りました。
JWが明らかに辻褄の合わない事を言っている、と気づいた後も、
その信じる個々の人達の気持ちや立場を踏みにじってはいけない、と、
その気持ちだけは強く残りました。
自分がもう信じる事は決してないけれども、
ひとつの宗教として、試行錯誤を重ねながら、なんとか良い方向に行ってくれないかなぁ、と、
中にいる人達のためにそう思っています。
できれば、あんまり私の大切だった人たちを振り回さないであげて欲しいけれども。
無害な信仰の1つに落ち着いてほしいです。
元JWの抱えるトラウマは、組織の方針から来るものと、元々毒親だった家族から来るものとの両方の面があると思います。
本来宗教が果たすべき、精神の安定という役割を、JWがうまく果たせるようになればいいのになー。
少なくとも現時点では、子供が全て離れた現役の両親を精神的に追い詰めるものになっている事は残念ながら事実なので、
その辺うまいことなぁなぁになってくれへんかな、と思います。
老い先短い両親におそらくJWの外で生きていく選択肢はないでしょうし。