事故から1ヶ月が経とうとしています。
あまりに悲惨な事故で、親御さんの気持ちを思うにつけ、何とも言えない落ち込んだ気持ちになります。
事件発生当時、知床沖の事件がすぐに思い浮かんだ私は、
「これはきっと大変なことになるだろうな、辺野古の抗議活動はこれで止まるな、自民党はホッとするだろうな」
と思ったのですが、
不思議とそうはならず、報道もいつの間にか沈静化してしまい、親御さん自身で書かれた手記だけがネット上で歩き回り大炎上しています。
てっきり抗議団体側と遺族や学校側とはある程度話や謝罪は済んでいて、法的関係を操作するために詳しい状況を公開できないのかと思いきや、
最近判明した事実としては、事態から数週間経って「謝罪したい申し入れ」だけが届き、献花台もそれまではなく、ついには「謝罪を受け入れてもらえないと自分たちは前に進めない」と言う有り様。
前って何だよ。
遺族には前はないんだよ。
普段テレビしか見ない知人友人は、
「辺野古?そんな事件もあったね。あ、うちの子今度沖縄で修学旅行だよ」
と言う状態。
(ちなみに、あまりにニュースが少ないため、うちのチャッピーに事実関係を解析させたところ、辺野古沖事件と数年前の作業員死亡事故とを混合して回答を返してきました)
違和感しかないのだけど、何でこんなことになったのでしょうか。
ずっと考えていましたが、
そもそも抗議団体を政治活動だと捉えるからダメだったんだと言うことに気づいて、ああこれはどうしようもないなと思ってしまったので、思考をまとめました。まとめても怒りが収まるわけではないけど。
・どう考えても一番悪いのは抗議団体
学校、メディア、旅行会社、政党、
色んなところが叩かれていますが、
(そして本人たちは海保が悪い、基地を作るのが悪いと言っていますが)
直接的な責任があるのは抗議団体です。
例え善意で行ったことにしても、あまりにも思慮が足りませんでした。
その後の対応も全く不十分でした。
通報をすぐにせず、怪我をした子供達への対応も遅く、遺族への謝罪も申し入れすら数週間遅れで、
それより先に行った(そのタイミングもおかしい)対外への謝罪会見では私服姿で、一部の人間は不貞腐れて腕組みをした状態でした。
知床の事件では社長がスーツで会見をすぐに行い、土下座をしました。それでも炎上は止まることがありませんでした。実際に禁錮5年の刑が確定しています。
・基地建設への抗議活動をしたいと思う気持ちは至ってまとも
沖縄に基地問題が存在することは事実です。
米兵による暴行、殺人、環境破壊、沖縄への負担の偏り、それらは全て事実です。
ただ、現状で辺野古以外に現実的な選択肢が薄く、様々な調整の結果、いくつかの譲歩をした上で辺野古基地建設は進んでいます。
それに反対したい、どうにか道を探りたいと言う主張自体は当然のものですし、それが可能性が薄くても、諦めないと言う姿勢については何ら批判されるものではなく、応援する人もいて当然のことです。
ネトウヨ勢による炎上では基地反対する人が頭おかしいみたいな流れになっていますが、そこまで言われるべきではありません。それは単なる誹謗中傷です。
・抗議活動のために団体メンバー以外の他者を危険に晒す行為は違法
では何がダメなのか。
それは、抗議のために法を冒しても良い、
もしくは抗議活動関係者以外を危険に晒しても良いと言うエスカレートです。
数年前の基地建設員がダンプに巻き込まれて死亡した事件もそうです。
本人たちは「非暴力非服従」を貫いているつもりかもしれませんが、ダンプの前に横たわったり危険水域に入り込んで海保の制止を振り切ったりするのは違法です。グリーンピースと同じ、あさま山荘立てこもり赤軍と同じ、過激テロ行為に類する類の行為です。
本来の非暴力非服従とは、ガンジーのようにハンガーストライキなどで己の身をのみ危険にさらす行為までのものでしょう。
己の志のためなら他者を危険に晒していいと言うのなら、それは戦争で問題を解決しても良いと言っているのと同じことです。
・「リベラル」(左派)と「左翼団体」は違う
沖縄の人々の暮らしを守りたい、
日米同盟があるからと言って何でもかんでもアメリカの言うなりになるな、と言う主張は、
過激でない人々、政党も行っています。
実際にそうしていくつかの譲歩や猶予を実現させることができたのは、そうした人たちのお陰です。
合法的なデモ、
合法的な政治的手続きを経た活動です。
不服のある結果ではあると思いますが、それでも政治的な手続きで反対の意を示し、譲るべきものは譲り、主張すべきものは主張しました。
「リベラル」と言う思想は、権力への反抗、反対ではありません。日本において、あるべきリベラルの姿が薄れているのは事実ですが、沢山の人はリベラルとしてモラルとルールを守って理想と現実を何とか擦り合わせようとしています。
・本来一番抗議団体や学校を糾弾すべきは「リベラル」のまともな人や政党やメディア
今回、早期の時点で、
「あの過激団体と私たちは違う、あれはやりすぎ」と共産党や玉城知事が発言していたら話は違ったかもしれません。
リベラル寄りのメディアが、政治的に右に寄りすぎる事を避けようとしておそらく報道を最小限にしたものと思われますが、
問題点を客観視してちゃんと掘り下げていたら、問題は基地移設反対そのものではなく、団体の運営の杜撰さや学校の管理不足に向いたことでしょう。
団体そのものの活動停止に追い込まれかねない状況ではなく、トップの引責辞任と、これからの活動内容を適切なものにすると言う方針転換程度で済んだことでしょう。
それともその力もないほどメディアの分析力、報道力は弱まってしまったのでしょうか。
それとも、そもそも彼らは全て同質のものだと言う事なのでしょうか。
現状では後者を疑わざるを得ません。
まともな人が抗議しないので、ネット右翼の吊し上げに遭い、
結果、辺野古への抗議活動全てが悪とされる事態になっています。それこそ彼らの敵の願いを繁栄することになってしまわないでしょうか。
・リベラル、左翼団体共に態度が硬化、責任転嫁まで始める
初手を間違えたために、
或いは影響や事態を軽く見積りすぎてしまったために、全て「何をやっても今更」な状況となってしまいました。
抗議団体は「基地建設が大元の問題」「良かれと思ってやったこと」「海保が適切に救助してくれなかった」「我々は謝罪を申し入れているが返事が返ってこない」と、状況を全て他責にしています。
そしてここまで炎上してしまっては、メディアも左派も発言しにくい。むしろよってたかって叩かれるからには反論したくなると言うのが人情だと思います。
・逮捕者が出たとしてもそれは「殉教」であり、彼らは活動を辞めない。むしろ激化していく
ではなぜ彼らは謝らないのか。謝れないのか。
それは、「辺野古基地反対運動」が、最早一種の宗教と化してしまっているからです。
信仰に理由や理屈なんていりません。
信じるだけで救われるのですから。
信じて命を失おうと、辛い思いをしようと、それは信念の結果であり何も怖いものなどありません。
むしろ、迫害されることによりより一層信仰を強めるのは我らが古巣を含め、過去の信仰に殉じた人々が実証しています。
これを加速させたのは当時の民主党政権、鳩山首相の発言が大きいと思います。そう言う意味では悲しいカルト団体です。民意を得た(と思っている)極左政党の成れの果て、と言ったところだと思います。
私も彼らは節度を持った政治団体だと思っていた節がありました。それは粉々に砕け散りましたが、彼らが宗教団体だと思えばありとあらゆる彼らの行動原理が理解できました。許すことは到底できませんが。
謝らないのは、これが真理だと思っているから。
真理のためには犠牲を払うものだと思っているから。
色々な悲しい出来事は、全て真理(彼らの思想)を実現するために起こっていることだから。
女子高生達は活動を応援してくれていた。(と言うことにした)だから活動を止めるわけにはいかない。
もう一度言うが、謝らない。だってこれが真理、真実だから。正しいのは我々で、この行動を止めにかかるすべてのものは悪(サタン)だから。
私、大概JWに対する感情は昇華し切ったと思ってたんですけど、
まぁしかしその実例を他の団体がやっているのを客観視できた瞬間、鳥肌が立つくらい気持ち悪くなりました。そう、気持ち悪いんですよ。あの、盲信して間違いを認めない態度が。
オウムや統一教会は明らかに「宗教」ですから、そうだよねー宗教だしねーと思っていましたが、何も構えていなかったところにカルト宗教の思想を持って行動する団体の異常さを目の当たりにすると、ああ本当に私達って気持ち悪かったんだな、と実感できてしまいます。
・【最後に】「信教の自由」「政治活動の自由」と過激な違法行為は最初から分けて考えるべき
どうか、今からでもいい。
加熱し切って炎上しているネット世論を放置するのではなく、
きちんと正確に状況を報道し、問題を具現化してほしい。
国会できちんと時間をとって対策を検討しましょう。
そして、当事者はきちんと裁かれてください。
それが今後のリベラルを守ることになります。
まともな宗教活動、まともな政治活動を守ることになります。
亡くなられた女子高生のご冥福を心よりお祈りするとともに、
怒りと勇気を持って整然と状況をまとめられたご遺族の方に敬意を表します。