夫から、
次から次へと歓迎礼拝の写真が送られてきました。

じゃあ、

ということでもう1枚。

賛美をリードする学生です。


この賛美リード、
必ずしも上手とは限りません。

きっと、必ずしも
一番上手な人たちの選抜チームじゃないんだと思います。

初めはチョットした間違いや乱れに
いちいち反応していた私ですが、少しずつ変わりました。


ここ一番ってときに
絶対失敗しない人を育てるよりも、

ここ一番ってときに
失敗しちゃった人を許す会衆を育てる方が

尊いのではないかと思い始めました。


そうやって、
全体が成長していくことが
何よりも神様の御業なんじゃないかと
思っています。

だからって好き勝手にすることを許してるわけじゃないです。
悪いままで良いって言ってるわけでもないです。
だって、彼らだって一生懸命練習して、
周りの意見も取り入れているわけです。


ただ、
人は神様にすら、
初めから完璧さを求められてるわけではなくて、
しかもゆるされながら、愛されながら育つのに、

すぐ隣にいる人間からは
完璧さを求められて、
ゆるされるかどうかもわからず、
「ちゃんと出来たからOK」なんて、
条件付きで愛されたら、
たまんないよなァ

と、
イライラしすぎている自分の
不必要な過敏さを反省したんです。

教える仕事をしていますが、
ホントに
学ぶことの方が多い毎日です。