ボクシのコドモって、
小さい時にはとくに、教会内での「ボクシのコドモ」という
名札を健気にクリーンのまま、守ろうとしてたりして。
いじらしくもあります。
消極的に言えば、ボクシのコドモとしての理想像という外圧に
小さい頃からさらされ、戦っているようです。
まさに自分がボクシのコドモのやすき先生と
ボクシのコドモを見ながら
小さい頃から教会で育ったうちの夫と
「ここって、どの子がボクシのコドモかわかんないよねー!」
と、話すことがあります。良い意味です。感動してるんです。
みんな天真爛漫。
プレッシャーってないのかな?と、不思議です。
はい、そのうちの二人。

メチャかわいいです。
校長先生のとこの末っ子と、副校長先生とこの末っ子。
犬が大好きです。
この写真を見て思い出した。
とある京都のボクシのコドモ。
ハンサムで、硬派って感じです。
小学生なのにその渋さがかわいいです。
なのに彼、犬があまり得意じゃなくて。
他の子たちが「寄るな、触るな、追いかけるな」と言われても
やってしまうのに、
彼はルールを守るというより、怖いから近づかない。
だから結果的にルールを守っているという感じでした。
んで、もちろん、遊び仲間からもその時間内は孤立するわけで。
でも、「犬が怖い」とはみんなに言えない。
そんな彼に気がついて、犬のことは触れずに
なんとなく私は一緒に、敷地内をしゃべりながら散歩してました。
みんなが犬に飽きたら、また一緒に遊べるわけで。
そしたら犬の首輪が外れちゃったらしくて、
ガーーーッと走り出しちゃった。
その犬がこっち向かって走ってきて、
私達の目の前を駆けて行った。
彼は明らかにすんごい恐怖で硬直してしまって、
私はまた何気なく彼を私の背中に隠したりして。
そんな私達に気がつかず、他の子供たちは犬を追って目の前を走り過ぎる。
それを見つけた先生が、「追いかけたら、もっと逃げる!」と
怒って走り出す。
何か、日本とは笑いのツボが違う、
欧米の古典コメディでも見てるような感じでした。
笑いたいのをおさえて、本気で怖がる子をかばい、
そこに立ちつくしていると、
犬にも子供にも遅れをとってしまった先生が、
クルリと向きを変え、急に私達の方へ。
私の背中に向かって、怒りを爆発。
「だから言ったでしょ!触ったり、からかったりしてると、
ああなるのよ!しかも追いかけたら、もっと逃げるのよ!
もうやらないでって他の子にも言っといて!」
あら。
何か誤解してるようだぞ。
この子は、犬が怖くて近づけないのだ。
他の時はワンパクだけど。
しかも、あたしたち、通りがかりの者ですけど。
「この子じゃありません。
この子、犬が怖いから、他の子と一緒に遊べないんです」
と、思わず私から“口答え”。
だって、彼はだまーってそれを甘受する様子なのです。
あぁ、なんて良い子なんだと思って
そのいじらしさに泣けてきたわけです。
決まり悪そうに、またクルリと向きを変えて
“犯人グループ”の方へ何か叫びながら走って行く先生。
おいおい。
行ってしまうのか。
謝ろうぜぃ、こんなとき。
なんか、初めて、私もボクシのコドモを疑似体験した瞬間でした。
一人前の対応を求められてるのに、
一人前の扱いは受けてないっていうか。
そんな大人の矛盾に合わせて、彼らはボクシのコドモしてるんだーって。
聞いたことはあったけど、これかー、って感じ。
「なんか、人違いだったね」
えへへ、と彼に笑いかけて、
彼はギュッと口を一文字に結んでて、
また私がなんとなくしゃべり始めて、
二人で歩き始めたんだよね、あのとき。
そのうち犬が無事捕獲されて、
犯人たちが怒られて戻ってきたので、
彼も鬼ごっこや何か、犬のいない遊びに合流してました。
「ボクシのコドモと犬」の組み合わせは、
いつもあのときのことを思い出します。
思い出すっていうか、忘れられないんだよなぁ。
小さい時にはとくに、教会内での「ボクシのコドモ」という
名札を健気にクリーンのまま、守ろうとしてたりして。
いじらしくもあります。
消極的に言えば、ボクシのコドモとしての理想像という外圧に
小さい頃からさらされ、戦っているようです。
まさに自分がボクシのコドモのやすき先生と
ボクシのコドモを見ながら
小さい頃から教会で育ったうちの夫と
「ここって、どの子がボクシのコドモかわかんないよねー!」
と、話すことがあります。良い意味です。感動してるんです。
みんな天真爛漫。
プレッシャーってないのかな?と、不思議です。
はい、そのうちの二人。

メチャかわいいです。
校長先生のとこの末っ子と、副校長先生とこの末っ子。
犬が大好きです。
この写真を見て思い出した。
とある京都のボクシのコドモ。
ハンサムで、硬派って感じです。
小学生なのにその渋さがかわいいです。
なのに彼、犬があまり得意じゃなくて。
他の子たちが「寄るな、触るな、追いかけるな」と言われても
やってしまうのに、
彼はルールを守るというより、怖いから近づかない。
だから結果的にルールを守っているという感じでした。
んで、もちろん、遊び仲間からもその時間内は孤立するわけで。
でも、「犬が怖い」とはみんなに言えない。
そんな彼に気がついて、犬のことは触れずに
なんとなく私は一緒に、敷地内をしゃべりながら散歩してました。
みんなが犬に飽きたら、また一緒に遊べるわけで。
そしたら犬の首輪が外れちゃったらしくて、
ガーーーッと走り出しちゃった。
その犬がこっち向かって走ってきて、
私達の目の前を駆けて行った。
彼は明らかにすんごい恐怖で硬直してしまって、
私はまた何気なく彼を私の背中に隠したりして。
そんな私達に気がつかず、他の子供たちは犬を追って目の前を走り過ぎる。
それを見つけた先生が、「追いかけたら、もっと逃げる!」と
怒って走り出す。
何か、日本とは笑いのツボが違う、
欧米の古典コメディでも見てるような感じでした。
笑いたいのをおさえて、本気で怖がる子をかばい、
そこに立ちつくしていると、
犬にも子供にも遅れをとってしまった先生が、
クルリと向きを変え、急に私達の方へ。
私の背中に向かって、怒りを爆発。
「だから言ったでしょ!触ったり、からかったりしてると、
ああなるのよ!しかも追いかけたら、もっと逃げるのよ!
もうやらないでって他の子にも言っといて!」
あら。
何か誤解してるようだぞ。
この子は、犬が怖くて近づけないのだ。
他の時はワンパクだけど。
しかも、あたしたち、通りがかりの者ですけど。
「この子じゃありません。
この子、犬が怖いから、他の子と一緒に遊べないんです」
と、思わず私から“口答え”。
だって、彼はだまーってそれを甘受する様子なのです。
あぁ、なんて良い子なんだと思って
そのいじらしさに泣けてきたわけです。
決まり悪そうに、またクルリと向きを変えて
“犯人グループ”の方へ何か叫びながら走って行く先生。
おいおい。
行ってしまうのか。
謝ろうぜぃ、こんなとき。
なんか、初めて、私もボクシのコドモを疑似体験した瞬間でした。
一人前の対応を求められてるのに、
一人前の扱いは受けてないっていうか。
そんな大人の矛盾に合わせて、彼らはボクシのコドモしてるんだーって。
聞いたことはあったけど、これかー、って感じ。
「なんか、人違いだったね」
えへへ、と彼に笑いかけて、
彼はギュッと口を一文字に結んでて、
また私がなんとなくしゃべり始めて、
二人で歩き始めたんだよね、あのとき。
そのうち犬が無事捕獲されて、
犯人たちが怒られて戻ってきたので、
彼も鬼ごっこや何か、犬のいない遊びに合流してました。
「ボクシのコドモと犬」の組み合わせは、
いつもあのときのことを思い出します。
思い出すっていうか、忘れられないんだよなぁ。