今朝は私の出身教会に行きました。
いまの母教会が「嫁入り先」なら、
ここは私の「実家」です。

牧師はアメリカ人の宣教師ですが、
「今日から、わたしもメガネをかけることにしました」


おぉ!
とうとう、老眼鏡です。

「あれ?みなさん、わたしが思っていたより美人ですね」

と、さっそく言ってました。
そこにすかさず、

「あのメガネ、近くが見えるんですよね?遠くはボケますよね?」
「だから美人に見えたんじゃない?」

と、こちらも負けじと応戦。
相変わらず、こんなステキな礼拝です。


そういえば、礼拝が終わってからのお茶の時間、
娘さんが心理学を専攻しておられるお母さんが、
「前にしてもらった心理学のクイズの答えを発表します」
と、嬉々としながら言ってこられました。

ま、前って、半年前です。
夫が試されて答えていたものらしいですが、
隣にいたはずの私もすっかり忘れています。

「ウサギ」と「橋」と「木」を使って一つのストーリーを創ってください、というものだったらしいんですけどね。

解釈は娘さんしか知らないのに、
教会に来ているのがお母さんだけ。
そういうわけで、答えが遅くなりました。

「あのね、あのストーリーでわかるのはね、
ご主人が奥様をどのように思って扱っておられるか、なの。
それでね、ご主人の答えはね、『自分=妻』だったのよ!
そういう答えをした人って、娘の知っている範囲でもいないの!
娘もね、
「お母さん、いま鳥肌がたったよ!そう答える人、いるんだね!」
って驚いてた!」

とのこと。
いまいちよくわからず、

「じゃあ、良い結果だったってことですかね?」

と、とぼけた質問をしてしまいましたが、

「そうよ、ほら、聖書にあるでしょ・・・」

夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。・・・(中略)そのように、夫も自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する者は自分を愛しているのです。だれも自分の身を憎んだ者はいません。かえって、これを養い育てます。それはキリストが教会をそうされたのと同じです。私たちはキリストのからだの部分だからです。「それゆえ、人は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となる。」この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。それはそうとして、あなたがたも、おのおの自分の妻を自分と同様に愛しなさい。妻もまた自分の夫を敬いなさい。

エペソ5章25節、28~33節


「・・・まさに、これが彼の答えだったのよ!こういう人、珍しいんですって」

と、言いながら、
うちの夫にかなり感激した様子の奥様。

「あらー。そうですかー」シラー

そのステキさに
気がついてないのは、
妻だけか。

ま、どれくらいこのテストを信じるのかはともかく、
私、怖いので、このテストしたくないなぁ。