金曜日の召天式の様子です。
ホントに素敵な式でした。
来られた人たちは喪主も含めて、再会を喜んで、
故人を偲んでたくさんの方がマイクを持ってお話されましたが
爆笑とホロリとの繰り返し。
こんな式なら、是非わたしもやりたい
。と思いました。
朝8時から式が始まりました。
実はこの式、同じ週に実父を老衰で、夫と脳梗塞で天に送ったという
ダブル召天式でした。
オシャレで凛々しくて頭も切れる、私も大好きな奥様の悲しみは、
葬儀が終わったいま、いかばかりかと思います。
葬儀中は気が張っているのと、
たくさんの人が来られてチョット興奮しておられるのとで、
冗談も言いながらしっかりしておられました。

私が一番びっくり
したのは、
色んな色と色んな服装の人がいること。

一応“キチンと”さえしていれば、非常識なギンギラギンでなければ、
大抵の服装は許されるようです。
なるべく濃いめの色で、と聞いていた私がわざわざ買ってきた
黒いマタニティーのワンピース。

しかし、
私以外に「まっ黒色」がいないぢゃないか。
教団理事会の方々の特別賛美。
おわかりかと思いますが。
まっ黒はいません…

喪主も家族も、全然黒くない…

こちらでのお葬式数回目の夫は、こんな感じです。
日本ではありえませんが、こちらでは全然アリでした。
隣の3人も葬儀に駆け付けた牧師です。アリです。

出棺は昼前。
葬儀は結局4時間くらいありましたね。


墓地が近いということで、車の後について
人もゾロゾロ歩いて行ったようです。

すごくステキな場所に面した墓地だったんだなぁと思います。
彼らの故郷です。



私は身重での炎天下の徒歩往復を禁じられ、
折り紙で、姫のベビーシッター。

みんなが墓地から戻ってきて、昼食を頂いてから、
また4時間ドライブして帰りました。
ちなみに、葬儀の真っ際中でも欠かさず配られる「おやつ」。
朝10時、昼3時、夜10時。

やっぱり、おいしいわぃ。パンデサル。サイコー

葬儀の真っ最中に配り始めたとき、初めはビックリ仰天
しましたが、
2回目3回目になると「そろそろかなぁ」なんて待っていたりして。
服装にしても、おやつにしても、
「日常生活の範囲内で葬儀がある」という感じが本当に自然で、
しかも暖かくて、好きでした。
「葬儀」が「形式的」では全くなくて。
むしろ「日常生活」という形式が崩れることなく存在してて、
葬儀中だってそれが当たり前のように進行していくから、あぁ、いいなぁと。
で、どのフィリピン人に聞いても、
「行ってあげることが一番大切。それだけで大丈夫」だと言います。
何を着て、いくら包んで、粗相の無いように、なんて思っていた私は
「そうだけど、それだけじゃダメでしょ
」
なんて内心は思ってましたけどね。
いや、本当にそれだけなんだ、と本当によくわかりました。
いるだけでいいんだから、いくらでもいてあげるわよ!と
みーんなが思って来ている場所って
愛情たっぷりだなぁと思います。
いるだけじゃだめよ、ちゃんとすることしないと!と
みーんなが思って来てる場所って
ちょっと緊張しちゃって、ビクビクしちゃって、リラックスもし難い
。
私もこんな風に、
自分の召天式のときに、
みんなが愛情たっぷりで残された家族のために集まってくれて
、
互いの再会を喜んで
、
しゃべるだけしゃべって
、
笑うだけ笑って
、
食べるだけ食べて
、
ま、ちょっと淋しくて泣いて
、
あー行ってよかった。良い時間だった
。って帰ってくれたら、
こんな嬉しいことはないです。
まわりが緊張で疲れる式は、本人の私がお断りです。
「いるだけでいい」って神様が私に言ってくれて、
どんだけ私がそれを感謝して、愛情たっぷりに生かされてるか。
その私の召天式で、更にそれを確認できたらサイコー。
「あぁそうだ、彼女はそうやって生きて、そうやって死んだ」って。
だって、そもそもいなくなった私が既に、
天国で最高の祝福に包まれて幸せにしてるんだからねー
。
ホントに素敵な式でした。
来られた人たちは喪主も含めて、再会を喜んで、
故人を偲んでたくさんの方がマイクを持ってお話されましたが
爆笑とホロリとの繰り返し。
こんな式なら、是非わたしもやりたい
。と思いました。朝8時から式が始まりました。
実はこの式、同じ週に実父を老衰で、夫と脳梗塞で天に送ったという
ダブル召天式でした。
オシャレで凛々しくて頭も切れる、私も大好きな奥様の悲しみは、
葬儀が終わったいま、いかばかりかと思います。
葬儀中は気が張っているのと、
たくさんの人が来られてチョット興奮しておられるのとで、
冗談も言いながらしっかりしておられました。

私が一番びっくり
したのは、色んな色と色んな服装の人がいること。

一応“キチンと”さえしていれば、非常識なギンギラギンでなければ、
大抵の服装は許されるようです。

なるべく濃いめの色で、と聞いていた私がわざわざ買ってきた
黒いマタニティーのワンピース。

しかし、
私以外に「まっ黒色」がいないぢゃないか。

教団理事会の方々の特別賛美。
おわかりかと思いますが。
まっ黒はいません…

喪主も家族も、全然黒くない…

こちらでのお葬式数回目の夫は、こんな感じです。
日本ではありえませんが、こちらでは全然アリでした。

隣の3人も葬儀に駆け付けた牧師です。アリです。


出棺は昼前。
葬儀は結局4時間くらいありましたね。


墓地が近いということで、車の後について
人もゾロゾロ歩いて行ったようです。

すごくステキな場所に面した墓地だったんだなぁと思います。
彼らの故郷です。



私は身重での炎天下の徒歩往復を禁じられ、
折り紙で、姫のベビーシッター。


みんなが墓地から戻ってきて、昼食を頂いてから、
また4時間ドライブして帰りました。

ちなみに、葬儀の真っ際中でも欠かさず配られる「おやつ」。
朝10時、昼3時、夜10時。

やっぱり、おいしいわぃ。パンデサル。サイコー


葬儀の真っ最中に配り始めたとき、初めはビックリ仰天
しましたが、2回目3回目になると「そろそろかなぁ」なんて待っていたりして。
服装にしても、おやつにしても、
「日常生活の範囲内で葬儀がある」という感じが本当に自然で、
しかも暖かくて、好きでした。
「葬儀」が「形式的」では全くなくて。
むしろ「日常生活」という形式が崩れることなく存在してて、
葬儀中だってそれが当たり前のように進行していくから、あぁ、いいなぁと。
で、どのフィリピン人に聞いても、
「行ってあげることが一番大切。それだけで大丈夫」だと言います。
何を着て、いくら包んで、粗相の無いように、なんて思っていた私は
「そうだけど、それだけじゃダメでしょ
」なんて内心は思ってましたけどね。
いや、本当にそれだけなんだ、と本当によくわかりました。
いるだけでいいんだから、いくらでもいてあげるわよ!と
みーんなが思って来ている場所って
愛情たっぷりだなぁと思います。
いるだけじゃだめよ、ちゃんとすることしないと!と
みーんなが思って来てる場所って
ちょっと緊張しちゃって、ビクビクしちゃって、リラックスもし難い
。私もこんな風に、
自分の召天式のときに、
みんなが愛情たっぷりで残された家族のために集まってくれて
、互いの再会を喜んで
、しゃべるだけしゃべって
、笑うだけ笑って
、食べるだけ食べて
、ま、ちょっと淋しくて泣いて
、あー行ってよかった。良い時間だった
。って帰ってくれたら、こんな嬉しいことはないです。
まわりが緊張で疲れる式は、本人の私がお断りです。
「いるだけでいい」って神様が私に言ってくれて、
どんだけ私がそれを感謝して、愛情たっぷりに生かされてるか。
その私の召天式で、更にそれを確認できたらサイコー。
「あぁそうだ、彼女はそうやって生きて、そうやって死んだ」って。
だって、そもそもいなくなった私が既に、
天国で最高の祝福に包まれて幸せにしてるんだからねー
。