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島根県出雲市

【鰐淵寺】
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概要

住所

〒691-0022

島根県出雲市別所町148


正式名称

浮浪山 一乗院 鰐淵寺


開山

594年(推古2年/飛鳥時代)

智春上人 


本尊

千手観世音菩薩薬師如来




縁起板記載文

推古二年(594年)智春上人が推古天皇の眼疾を浮浪滝に祈って平癒されたので、その報賓として建立された勅願寺である。天竺一(印度)霊鷲山の良地がけて浪に浮かんで流されて来た土地で浮浪山と称す。上人密法を修し給う折、誤って碗の仏器を滝壷に落とされたとき、鰐魚が鰓にかけ浮かび上がったことにより寺号を生じる。

伝教大師が比叡山に天台宗を開かれると、慈覚大師の薦めもあり、日本で最初の延暦寺の末寺となる。

又、早くより出雲大社との関係を密にし別当寺ともなった。

元弘二年(1333年)後醍醐天皇が隠岐遷幸の

折、長吏頼源が国分寺御所に伺候して、ご宸筆の願文(重要文化財)を賜った。永禄年間には和多坊栄芸が毛利元就の尼子攻めに助力したため、天正五年孫の輝元はこの栄芸の功労を愛で本堂を再建した。

又、弁慶は十八歳で当山に入り、三年間修業の後書写山から比叡山に登ったと伝えられており、その伝説や遺品にも事欠かない。一方、23,,635坪の山内は自然に恵まれ、春は緑の香にむせび、秋は深紅になる「いろは紅葉」が全山を覆う。

駐車場設置案内板

境内

境内図


 根本堂


根本堂(天台宗)

本尊千手観音菩薩薬師如来。
推古天皇二年(594)信濃国の智春上人、天皇の眼疾を浮浪滝に祈って平癒されたのでその報寶として建立された勅願寺。平安初期伝教大師比叡山に天台宗を開かれるといち早くその法門に帰友して日本で最初に比叡山の末寺となった。

本尊は第三代天台産生慈覚大師の作。

現在の建物は戦国時代広島の毛利元就が

尼子氏を攻めた際栄芸法印を始めとして

毛利氏に力をした為孫の輝元が建てものと伝えられる。

(引用:案内板)


 弁慶伝説の銅鐘


銅鐘(重要文化財)

総高~113.1cm

口径〜63.2cm

寿永2年(1188)在銘の銅鐘

もと鳥取県倉吉市桜大国寺上陀の鐘

当山で修行した武蔵坊弁慶が1夜の

うちに伯大山寺から持ち帰つたとの伝説は名高い。

これにちなんだ「弁慶まつり」は毎年

5月5日(子供の日に挙行される

(引用:案内板)


 摩陀羅神社


摩陀羅神社

慈覚大師が請来したとえられる守護神

摩院羅神をまつる神社、江戸時代までは出雲大社の裏にあった北(現在の唐川町後野)にあった。

旅の安全(特に船旅)と風邪の神々として

信仰をあつめている。
大祭は正月十一日早朝

(引用:案内板)


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